垂渓庵です。
理想気体というものがある。いや、実在はしていないから、「ある」というのは適当ではないかも知れない。が、とにかく理想気体というものが、物理学や化学の世界では考えられている。
高校生の頃のおぼろげな記憶によれば、気体分子の体積や質量などをゼロと仮定したものを言うのではなかったか。仮にそのような存在を考えることで、気体の物理的振る舞いを法則化しようということなのではなかったかと思う。
質量や体積がゼロという仮想の存在故に、たとえば、絶対零度では体積がゼロになるという、常識的には考えにくい帰結も招くのだけれど、理想気体というモデルを導入することで、実際のさまざまな質量や体積を持った気体分子の振る舞いを、統一的に理解できるようにもなる。
このモデル化というものが、西洋科学の発想の源というか、基層にあると考えていいのではないかと思う。もちろん、神話や伝説なでも一種のモデル化と言えなくもないと思うけれど、科学との違いを考え出すと面倒なので割愛する。大森荘蔵あたりの議論を参考にしてもらえればよいのではなかろうか。
ところで、言語学の世界では、個々人がその都度行う具体的な場面での発話を「パロール」と言う。パロールは、言い間違いや誤用なども含む、不完全な側面を持っている。
一方、それらのパロールを抽象したような、一種の仮構の存在とも言える言語を「ラング」と言う。これは、誤りなどを含まない完全な体系を持った理想的な形のものだと言うことができるだろう。
これを理想気体とくらべてみると、根っこにある発想は同じだということが分かる。
「ラング」と「パロール」による言語のとらえ方は、19世紀から20世紀初頭に活躍したソシュールが提唱したものだ。19世紀は科学の時代でもある。
ソシュールが意識したのかどうかは知らないけれど、彼の言語学の根本には、西洋の科学の方法と同じような発想があるということなのだろう。
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