2013年10月30日水曜日

旧暦8/16 大阪の文運

垂渓庵です。

先日、『上方芸能』編集長の木津川計さんの話を聞く機会があった。その話がらみで何やら起こりそうな気配であるが、それは置く。

木津川さんの話を聞く会の世話人のある人から聞いたところによると、大阪の文運というか文化というか、その衰勢に木津川さんはいたく気をもんでいるということだ。確かに、純文学や詩の世界のビッグネームで、大阪在住という方はもはやほとんどいないのではないかと思われる。大阪の文運は、衰勢の一途をたどっていると言ってよさそうだ。

ところがどっこい、純文学などにとらわれずに見渡してみると、一概にそうとばかりも言えない。

2013年10月16日水曜日

旧暦9/12有栖川さんの「絶叫城殺人事件」

垂渓庵です。

有栖川有栖さんの小説が好きだということは、いつか書いたように思う。けれど、実は、有栖川さんの本を本屋さんで買ったことがない。ことわっておくが、万引きをしているわけでもない。

実は、主に古本屋さんで買いこんでくるのだ。このあたり、畠中めぐみさんの文庫本を、古本屋さんでせっせと買っているのと同様だと言えるだろう。あと、川柳家の朱夏さんにお借りすることもある。なんというか、著者さんにはとても申し訳ない読者と言えるだろう。

2013年10月9日水曜日

旧暦9/5 灯心地獄

垂渓庵です。

わたしの卒業した大学の国語国文学科の先生方は全部で六名だった。国語学、国語学、上代、中古、中世、近世というラインナップだったか。

あれ、近現代がないとお気づきの方、その通りです。きちんとリサーチをしないで漱石や芥川を勉強しようと思って入学すると、愕然とすることになる。わたしの同期にもそんな奴が約一名いた。仮にIとしておこう。当時は今ほど大学も情報発信などをしていなかったから、調べようとしてもよく分からなかったかもしれない。Iには十分同情の余地がある。

わたしはもともと古典を勉強しようと思っていて、同じ大学を卒業した国語の先生に相談して志望校を決めた。その関係で、あまりきちんとリサーチしていなかった。入学後、近現代の先生がいないと知ったのは、Iと同様だ。が、幸いなことにそれほどダメージを受けることはなかった。

2013年10月7日月曜日

旧暦9/3 原発事件の三つの責任

垂渓庵です。

原田正純さんの本を読み返していて思うのは、この国の体質は変わっていないということだ。CREW GUYSのアイハラ・リュウ隊員風に言えば、「なんも変わっちゃいねえじゃねえか!」だ。冗談めかして書いているけれど、腹立ちを覚えていないわけではない。

もちろん人間のやることだ。ミスはある。当たり前の話だ。しかし、不作為と強弁、言い逃れをミスとは言わない。

福島第一原発の立地及び施設配置をあんなにバカげたものにしたこと。しかも、想定内であるべき事象を、想定外だと言い逃をした。事故の初期段階でSPEEDを活用せずに、多くの人にせずにすんだかもしれない被爆をさせたこと。やはり初期の段階でとくに子供たちにヨウ素剤を服用させなかったこと。いや、福島県はむしろ回収したのだった。福島県での子供への検査で見つかった甲状腺異常や甲状腺がんを放射線被曝とは無関係だと結論づけたこと、汚染水の漏出を事実確認後即座に国民に報告しなかったこと。などなど。

挙げていけば他にもいくらでもあることだろう。彼らの顔はいったいどっちを向いているのか。正解はあさってかもしれない。要は無責任なのだ。と言ってしまえば、東電、国、県などの組織において誠実に──所属組織にではない。社会に対してだ──事に当たっている方々にすまないけれど。

原田正純さんの『水俣病は終わっていない』には、「水俣病の三つの責任」という項目がある。

2013年10月4日金曜日

旧暦8/30 許容量

垂渓庵です。

安倍首相は五輪招致の際、「健康に対する問題はない。今までも、現在も、これからもない」と言ったそうだ。「問題はない」という発言は、明確に嘘ではないかと思われる。とても微量とは言いかねる放射性物質がまき散らされたのだ。爆発の実際はこんなものだった。もちろんこれは核爆発ではない。が、放射性物質をまき散らさなかったわけではない。

ここ数日、原田正純さんの本を何冊か読み返した。『水俣病』(岩波新書)に、次のような文章が引用されていた。

2013年10月2日水曜日

旧暦8/28 学生アリスと継ぐのは誰か

垂渓庵です。

年に何度かお目にかかる川柳作家の方から学生アリスシリーズの短編集『江神二郎の洞察』をお借りしている。

学生アリスシリーズは、有栖川有栖さんの推理小説だ。有栖川有栖という大学生が登場するが、英都大学という架空の大学に所属する学生という設定で、作者の有栖川さんそのものではない。その有栖川有栖が所属する「推理小説研究会」の部長が江神二郎。冴え渡る推理力の持ち主で、作中での探偵役となる。彼をホームズにたとえるなら、学生の有栖川有栖はワトソンというところだろう。

さて、わたしは以前からこの学生アリスシリーズの学生たちの様子に妙な懐かしさを感じていた。『江神二郎の洞察』を読んで、その理由が分かった気がする。ああなるほどと思ったのは、「やけた線路の上の死体」で使用されている時刻表の発行年が昭和五十八年だと知った時だ。

なんのことはない。ほぼわたしがリアルタイムで学生だった時代の大学生たちが主人公なのだ。当然、キャンパスや街の空気は、わたしがまさに学生として呼吸していたものだ。大学のある場所こそ違うものの、懐かしくなるのも当たり前と言えるだろう。