垂渓庵です。
このところ何かと忙しい。ルーチンワークに加えて、降ってわいたようないくつもの案件を並行して進めている。
一つは今年からスクールカウンセラーを導入したのに伴うもの。初年度ということもあり、手探りでの運用が続いている。おかげで何かと用事があるのだ。
2012年4月27日金曜日
2012年4月26日木曜日
旧暦閏3/6 同じ風景
垂渓庵です。
ここ大阪では桜の季節も終わり、暖かい日が続くようになった。勤務校の桜の木もすっかり葉桜となっている。八重桜は今を盛りと咲き誇っているけれど。
どこかに書いたように、今年は担任している学年も高3だ。生徒たちも受験勉強に本腰を入れている。
ここ大阪では桜の季節も終わり、暖かい日が続くようになった。勤務校の桜の木もすっかり葉桜となっている。八重桜は今を盛りと咲き誇っているけれど。
どこかに書いたように、今年は担任している学年も高3だ。生徒たちも受験勉強に本腰を入れている。
2012年4月25日水曜日
旧暦閏3/5 再掲 ゲームとコンビニと携帯電話5
垂渓庵です。
これは2009年1月に公開した。記事がずるずると続くうちにとうとう年をまたいでしまった。無計画に書き始めるとこういうことになる。最近いちばん近所のコンビニで気さくなおばちゃんが働くようになった。大手チェーン店にはあるまじき昭和の店に変わっていくのだろうか。今後の展開が注目されるところだ。
以下本文
ああ、とうとう記事が年をまたいでしまった、と慨嘆している垂渓庵です。
あと少しこの記事におつきあい下さい。
あ、今年もよろしくお願いします。
さてさて、前回とりあげたコンビニ、最初は二十四時間営業ではなかったように思います。
朝から夜九時や十時ぐらいまでの営業じゃなかったでしょうか。
それが徐々に時間が延びて、気づけば二十四時間営業。
アパートの近所には、おそらく個人営業と思しきコンビニもどきの店もあったりしました。
が、いつの間にかなくなってしまいました。
店員さんがアットホームでわたしは一番好きだったんですが。
これは2009年1月に公開した。記事がずるずると続くうちにとうとう年をまたいでしまった。無計画に書き始めるとこういうことになる。最近いちばん近所のコンビニで気さくなおばちゃんが働くようになった。大手チェーン店にはあるまじき昭和の店に変わっていくのだろうか。今後の展開が注目されるところだ。
以下本文
ああ、とうとう記事が年をまたいでしまった、と慨嘆している垂渓庵です。
あと少しこの記事におつきあい下さい。
あ、今年もよろしくお願いします。
さてさて、前回とりあげたコンビニ、最初は二十四時間営業ではなかったように思います。
朝から夜九時や十時ぐらいまでの営業じゃなかったでしょうか。
それが徐々に時間が延びて、気づけば二十四時間営業。
アパートの近所には、おそらく個人営業と思しきコンビニもどきの店もあったりしました。
が、いつの間にかなくなってしまいました。
店員さんがアットホームでわたしは一番好きだったんですが。
2012年4月24日火曜日
旧暦閏3/4 再掲 コンビニとゲームと携帯電話4
垂渓庵です。
昨日は過去記事の紹介ではなく、臨時に新稿を公開した。今日は先週水曜の続きだ。これは2008年12月に公開した。二日後は大晦日というタイミングだ。もういい加減早く終わらしたいなと思ったのがこのころだったか。なかなか終わらない記事にちょっと飽きが来だしたのだったと思う。どうもわたしには持続性が欠けているようだ。
以下本文
案に相違してなかなかこの記事が終わらず少々あわてている垂渓庵です。
やっとコンビニの話です。
コンビニが一般化しだしたのはいつごろからでしょうか。
地域差があると思いますが、わたしの身近でコンビニがそこここに見られだしたのは、成人する前後ぐらいだったのではないかと思います。
今から二十数年前ですね。
それまではコンビニのような便利なお店屋さんはありませんでした。
夜中にものを買いに行けるなんて、その頃のわたしから見れば、驚き以外の何ものでもなかったはずです。
今ではそんな感覚はなくなってしまってますが。
昨日は過去記事の紹介ではなく、臨時に新稿を公開した。今日は先週水曜の続きだ。これは2008年12月に公開した。二日後は大晦日というタイミングだ。もういい加減早く終わらしたいなと思ったのがこのころだったか。なかなか終わらない記事にちょっと飽きが来だしたのだったと思う。どうもわたしには持続性が欠けているようだ。
以下本文
案に相違してなかなかこの記事が終わらず少々あわてている垂渓庵です。
やっとコンビニの話です。
コンビニが一般化しだしたのはいつごろからでしょうか。
地域差があると思いますが、わたしの身近でコンビニがそこここに見られだしたのは、成人する前後ぐらいだったのではないかと思います。
今から二十数年前ですね。
それまではコンビニのような便利なお店屋さんはありませんでした。
夜中にものを買いに行けるなんて、その頃のわたしから見れば、驚き以外の何ものでもなかったはずです。
今ではそんな感覚はなくなってしまってますが。
2012年4月23日月曜日
旧暦閏3/3 始業式と入園式
垂渓庵です。
先週末、金曜日は記事の更新を忘れてしまった。すまぬすまぬ。
わたしの子供が通う幼稚園では、始業式の数日後に入園式をやることになっているようだ。ふつう、小学校~大学では、入学式をやった後に始業式がくるものだと思うのだが、子供が通っている幼稚園ではそんな日程になっている。
ネットで検索をしてみると、そんな感じの幼稚園は、どうやら他にもありそうだ。それらの幼稚園的にはその順序で式を行うことにそれなりの合理性があるということなのか。始業式で全員揃っていないのは、ちょっと気持ちが悪いんじゃないかという気がしなくはないけれど、全員揃って園長先生の講話を聞くなんてことはないのかもしれない。幼児だし。
先週末、金曜日は記事の更新を忘れてしまった。すまぬすまぬ。
わたしの子供が通う幼稚園では、始業式の数日後に入園式をやることになっているようだ。ふつう、小学校~大学では、入学式をやった後に始業式がくるものだと思うのだが、子供が通っている幼稚園ではそんな日程になっている。
ネットで検索をしてみると、そんな感じの幼稚園は、どうやら他にもありそうだ。それらの幼稚園的にはその順序で式を行うことにそれなりの合理性があるということなのか。始業式で全員揃っていないのは、ちょっと気持ちが悪いんじゃないかという気がしなくはないけれど、全員揃って園長先生の講話を聞くなんてことはないのかもしれない。幼児だし。
2012年4月19日木曜日
旧暦3/29 仏教語
垂渓庵です。
現在わたし達が話す日本語には、とてもたくさんの漢語が含まれている。西洋の進んだ文明を取り入れるために、江戸時代末から明治時代にかけて作られた和製漢語も含めて、その数は膨大なものになる。日常の基本的な語彙は、さすがにもともとの日本語──「やまとことば」あるいは「和語」──が大きな割合を占めているけれど、それでもその全てではない。
「両親」と「ふたおや」、「兄弟」と「あにおとうと」のように、どちらかというと漢語で表す方が自然な概念も多い。また、「愛情」、「家族」のように、対応する「やまとことば」を思い浮かべにくい例も数多くある。漢語を抜きにしては日常生活は成立しないと言っていいだろう。
そんな漢語の中には、仏教用語として日本語に入ってきて、そのまま日常語として用いられるようになったものがいくつもある。「彼岸」や「お盆」、「供養」、「地獄」などはすぐに思いつく。「金輪際」や「有頂天」なども、ある程度仏教に関する知識を持っていれば、仏教用語だと分かるだろう。しかし、次のような場合はどうか。
現在わたし達が話す日本語には、とてもたくさんの漢語が含まれている。西洋の進んだ文明を取り入れるために、江戸時代末から明治時代にかけて作られた和製漢語も含めて、その数は膨大なものになる。日常の基本的な語彙は、さすがにもともとの日本語──「やまとことば」あるいは「和語」──が大きな割合を占めているけれど、それでもその全てではない。
「両親」と「ふたおや」、「兄弟」と「あにおとうと」のように、どちらかというと漢語で表す方が自然な概念も多い。また、「愛情」、「家族」のように、対応する「やまとことば」を思い浮かべにくい例も数多くある。漢語を抜きにしては日常生活は成立しないと言っていいだろう。
そんな漢語の中には、仏教用語として日本語に入ってきて、そのまま日常語として用いられるようになったものがいくつもある。「彼岸」や「お盆」、「供養」、「地獄」などはすぐに思いつく。「金輪際」や「有頂天」なども、ある程度仏教に関する知識を持っていれば、仏教用語だと分かるだろう。しかし、次のような場合はどうか。
2012年4月18日水曜日
旧暦3/28 再掲 ゲームとコンビニと携帯電話3
垂渓庵です。
これは2008年12月に公開した。ところでファミコンってもはや死語なんだろうか。気づけば生徒は携帯でゲームをやっていたりする。いや、プロフか何かなのか。まさかフェイスブックってことはあるまい。何にしても、そこらへんの流行り廃りはめまぐるしすぎではあるまいか。
以下本文
垂渓庵です。
さて、わたしたちが小学生の頃はどんな遊びをしていたのでしょうか。
わたしやヒロちゃんたちの例で言うと、基本的には遊びは屋外でした。
裏山を歩きまわったり、ピン球野球に興じたり。
季節によっては山菜採り、虫取り、栗拾いやあけびとりなどなど。
その他にもビー玉、独楽回しやたこ揚げや銀玉鉄砲、火薬で音が鳴る鉄砲、その火薬を先端にセットして投げあげて落とすロケット型の遊具。ザリガニ釣り、えび釣り、沢ガニとり……。
挙げだすときりがありません。
要は、安い玩具や身の回りのもので遊んでいたのです。
これは2008年12月に公開した。ところでファミコンってもはや死語なんだろうか。気づけば生徒は携帯でゲームをやっていたりする。いや、プロフか何かなのか。まさかフェイスブックってことはあるまい。何にしても、そこらへんの流行り廃りはめまぐるしすぎではあるまいか。
以下本文
垂渓庵です。
さて、わたしたちが小学生の頃はどんな遊びをしていたのでしょうか。
わたしやヒロちゃんたちの例で言うと、基本的には遊びは屋外でした。
裏山を歩きまわったり、ピン球野球に興じたり。
季節によっては山菜採り、虫取り、栗拾いやあけびとりなどなど。
その他にもビー玉、独楽回しやたこ揚げや銀玉鉄砲、火薬で音が鳴る鉄砲、その火薬を先端にセットして投げあげて落とすロケット型の遊具。ザリガニ釣り、えび釣り、沢ガニとり……。
挙げだすときりがありません。
要は、安い玩具や身の回りのもので遊んでいたのです。
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