垂渓庵です。
おとついの日記にわたしの大まかな読書傾向などについて述べてみた。好きな作家については、書くと長くなるので割愛したが、チャペックと北杜夫さんとホーガンさんについては、「直球勝負」シリーズに書いたので、そちらをご覧下さい。
さて、最近読んでいる本を挙げてみよう。
2012年6月27日水曜日
2012年6月26日火曜日
旧暦5/7 伊藤博文の英語力
垂渓庵です。
さて、先日大隈重信の乳母車姿を今日に伝えてくれる金子堅太郎の話を紹介した。
今日は、同じく金子堅太郎の伝える、伊藤博文の英語力についての逸話を紹介しよう。やはり、『戊辰物語』からの引用だ。はたして伊藤の英語の実力は如何。
さて、先日大隈重信の乳母車姿を今日に伝えてくれる金子堅太郎の話を紹介した。
今日は、同じく金子堅太郎の伝える、伊藤博文の英語力についての逸話を紹介しよう。やはり、『戊辰物語』からの引用だ。はたして伊藤の英語の実力は如何。
2012年6月25日月曜日
旧暦5/6 何を読む
垂渓庵です。
耽読翫市というブログ名を見ても分かるように、などと断るまでもなくおわかりだろうと思うけれど、わたしは本を読むのが好きだ。SFや時代小説やミステリーなども好きだし、比較的読む方だと思うけれど、どちらかというと一般受けしそうにないものを読むこともよくある。
耽読翫市というブログ名を見ても分かるように、などと断るまでもなくおわかりだろうと思うけれど、わたしは本を読むのが好きだ。SFや時代小説やミステリーなども好きだし、比較的読む方だと思うけれど、どちらかというと一般受けしそうにないものを読むこともよくある。
2012年6月22日金曜日
旧暦5/3 物忘れ
垂渓庵です。
最近物忘れが目立つようになってきた気がする。書類の作成や仕事の予定などをしばしば忘れるのだ。
もともと書類仕事は好きではないので後回しにしがちで、そのまま忘却の淵に沈むこともないではなかった。けれど、それはやはりレアなケースだったように思う。それが今では、後回しにするまでもなく忘れている。いかぬいかぬと反省するが、忘れるのは不可抗力のような気もするので、反省しても仕方がないのではないかと思ってみたりもする。
仕事の予定にしても同じようなことが言える。もともと教材研究などは別として、さまざまな雑務やそれに伴う出張などは好きではないので後回しにしがちで、以下同文。
もちろん、直接生徒の進路などに関わる書類作成や出張などはその限りではない。一大発心して早く片付けることにしている。生徒が困ったりしては、やはりよくないし。
最近物忘れが目立つようになってきた気がする。書類の作成や仕事の予定などをしばしば忘れるのだ。
もともと書類仕事は好きではないので後回しにしがちで、そのまま忘却の淵に沈むこともないではなかった。けれど、それはやはりレアなケースだったように思う。それが今では、後回しにするまでもなく忘れている。いかぬいかぬと反省するが、忘れるのは不可抗力のような気もするので、反省しても仕方がないのではないかと思ってみたりもする。
仕事の予定にしても同じようなことが言える。もともと教材研究などは別として、さまざまな雑務やそれに伴う出張などは好きではないので後回しにしがちで、以下同文。
もちろん、直接生徒の進路などに関わる書類作成や出張などはその限りではない。一大発心して早く片付けることにしている。生徒が困ったりしては、やはりよくないし。
2012年6月14日木曜日
旧暦4/25 馬の引く乳母車──大隈重信の名誉回復か
垂渓庵です。
昨日書いたように、大隈重信が明治維新期に乳母車を乗りまわしていたというのは、どうも確からしい。けれど、ひとつ疑問が残る。おとついの記事を思い出してほしい。金子堅太郎がボストンで見た乳母車は、馬が引いていた。馬の引く乳母車なんて本当にあったのだろうか。ひょっとして金子の聞き違いではないか。
ちょっと気になったので、さらに調べを進めてみた。ひょっとしたら大隈の名誉も回復されるかもしれない。ま、されなくてもわたしとしては余り困らないが、乗りかかった船というやつだ。大隈が乗っていたのは乳母車だけれど…。
昨日書いたように、大隈重信が明治維新期に乳母車を乗りまわしていたというのは、どうも確からしい。けれど、ひとつ疑問が残る。おとついの記事を思い出してほしい。金子堅太郎がボストンで見た乳母車は、馬が引いていた。馬の引く乳母車なんて本当にあったのだろうか。ひょっとして金子の聞き違いではないか。
ちょっと気になったので、さらに調べを進めてみた。ひょっとしたら大隈の名誉も回復されるかもしれない。ま、されなくてもわたしとしては余り困らないが、乗りかかった船というやつだ。大隈が乗っていたのは乳母車だけれど…。
2012年6月13日水曜日
旧暦4/23 濡れ衣?──大隈重信の乳母車
垂渓庵です。
昨日の大隈重信の乳母車姿だが、そもそも本当に大隈は乳母車に乗っていたのだろうか。金子堅太郎の思い違いということはないのだろうか。大隈の姿を見かけたのと、ボストンで乳母車を目にしたのとがずいぶん離れた時点での出来事なら、その線も出てくるのではないかという気もする。
気になるので、少し調べてみた。
昨日の大隈重信の乳母車姿だが、そもそも本当に大隈は乳母車に乗っていたのだろうか。金子堅太郎の思い違いということはないのだろうか。大隈の姿を見かけたのと、ボストンで乳母車を目にしたのとがずいぶん離れた時点での出来事なら、その線も出てくるのではないかという気もする。
気になるので、少し調べてみた。
2012年6月12日火曜日
旧暦4/23 乳母車と大隈重信
垂渓庵です。
最近、『戊辰物語』(岩波文庫)という本を読んでいる。明治維新前後を生きた人達の聞き書きのようなもので、東京日々新聞に連載された。佐藤忠男さんの解説にもあるように──と書いたものの、佐藤忠男さんがどんな人なのか実はよく知らないのだけれど──、とても面白い本だ。
その本に次のような一節がある。
最近、『戊辰物語』(岩波文庫)という本を読んでいる。明治維新前後を生きた人達の聞き書きのようなもので、東京日々新聞に連載された。佐藤忠男さんの解説にもあるように──と書いたものの、佐藤忠男さんがどんな人なのか実はよく知らないのだけれど──、とても面白い本だ。
その本に次のような一節がある。
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