2012年7月31日火曜日

旧暦6/13 はえぇ

垂渓庵です。

わたしは今の学年を担任して六年目になる。中一から持ち上がりだ。前に担任した学年を世の中に送り出したのは、もう七年も前のことだ。

生徒たちの受験相談をしていて実感しているのは、入試が七年前と様変わりしていることだ。

2012年7月26日木曜日

旧暦6/8 小島秀哉さん逝く

垂渓庵です。

小島秀哉さんという演劇人がいた。17日にお亡くなりになった。藤山寛美率いる松竹新喜劇で活躍した人だ。かつて、テレビで「寛美3600秒」なる番組が放映されていた。わたしが小学生の頃だったろうか。その後新喜劇を退団したそうだが、そのあたりはあまり覚えがない。

「寛美3600秒」当時は、二枚目の役所を演じることが多かったように記憶している。三枚目系の小島慶四郎さんとともに、テレビで視聴していて印象に残る俳優さんだった。

2012年7月24日火曜日

旧暦6/6 別の場合

垂渓庵です。

昨日書いた懇談ドラマの諸相に付け加えないといけない場合が一つあった。

2012年7月23日月曜日

旧暦6/5 ただいま懇談中

垂渓庵です。

いまはちょうど一学期の懇談の時期だ。当然わたしも懇談を行っている。現在ただいまの在校生に関わる懇談の様子はさすがに差し障りがあるので書けないが、以前担任したことのある卒業生たちを思い出しても、懇談中にはいろいろなことが起こった。

2012年7月19日木曜日

旧暦6/1 キャパシティ

垂渓庵です。

某所で日記を書き綴っている。細々と書き続けて六年近くになる。しかし、ここふた月以上、ほとんど更新をしなかった。

もちろん、仕事が立て込んでいる時などに、更新しないままになる時がなかったわけではない。が、長くて半月程度だったのではないか。ふた月以上もほとんど更新しないままでいるということはなかったはずだ。

今年は高三の担任なので何かと忙しくはなるが、まだ本格的な忙しさはやってきていない。プライベートで忙しい事情が生じているわけでもない。

2012年7月18日水曜日

旧暦5/29 闇サイト殺人の判決に思う──ヨゼフ・チャペックと死刑を考える

垂渓庵です。

闇サイト殺人の加害者の一人が無期懲役になった。これで、同事件の犯人は、一人が死刑、二人が無期懲役となった。

わたしはこの判決に激しく疑問を感じている。殺害方法を思い起こすと、被害者の遺族の無念はいかばかりかと思われる。

いつもならリンクを張るだけだが、ウィキペディアから殺害状況を転載してみよう。無期懲役で本当にいいのか、これを見て判断してほしいと思うのである。

2012年7月17日火曜日

旧暦5/28 観察

垂渓庵です。

人の行動を観察するのが好きだ。

別にストーカー行為を働くというのではない。

電車などで乗り合わせたり、たまたま同じ方向へ歩いている人たちなどなどを眺めていると、時に妙な仕草、不可解な行動に出くわすことがある。そういうのを鑑賞(?)するのが好きなのだ。

2012年7月9日月曜日

旧5/20 すみませぬすみませぬ

垂渓庵です。

先週の金曜は、書きかけの記事をアップしてしまった。すみませぬ。すみませぬ。

2012年7月7日土曜日

旧暦5/18 国会事故調を支持する──震災を巡る

垂渓庵です。

国会の事故調査委員会が福島第一原発の事故について明確に人災と断じた。喜ばしい限りだ。たぶんこれに対して東電や行政その他は、様々なエクスキューズを試み、テレビを中心とするマスコミにも、それに同情的な論調が見られることになるのだろう。が、大マスコミのニュースやネットの記事などを追いかける限り、あれはやはり人災だろう。

2012年7月6日金曜日

旧暦5/17 『戊辰物語』と神仏分離とづら

垂渓庵です。

このところ『戊辰物語』の記事を何度か引用した。読めば読むほど面白い。ある意味ネタの宝庫だと言える。

その中で、今回取り上げるのは、神仏分離令が引き起こした廃仏毀釈の激しさを彷彿とさせるエピソードだ。その場面を想像すると笑ってしまうような話だけれど、大まじめにこんなことが行われていたのかと思うと、ちょっと恐くもある。

2012年7月4日水曜日

旧暦5/15 聞いてみた

垂渓庵です。

一昨日と昨日に記した香ばしい体験について、某公立総合病院に勤務する卒業生に聞いてみた。結果は予想通りだ。

2012年7月3日火曜日

旧暦5/14 検査結果

垂渓庵です。

昨日書いた話の続きだ。子供とともに市民病院に向かったわたしと家内は、衝撃の事実を知ることになる。

2012年7月2日月曜日

旧暦5/13 ひどい話

垂渓庵です。

世の中には絵に描いたようなひどい話がある。今日ここにご紹介するのもそんな話の一つだ。