垂渓庵です。
昨日書いた話の続きだ。子供とともに市民病院に向かったわたしと家内は、衝撃の事実を知ることになる。
病院で受付を済ませ、わたしたちは小児科の診察室前に行った。最初に子供の身長と体重を計測する。その後は、長い待機時間だ。と言っても、一時間半ほどだったろうか。大きな総合病院だからもっと待つだろうと思ったが、それほどでもなく、診察室に入る。
妻が以前見た子供の状態のことや、検診の際のお医者さんの話などを先生に伝える。先生は触診やその場でできる範囲での検査などをしながら、時折質問をはさむ。こちらはまな板の上の鯉の心境だ。それから子どもの触診や首の据わり具合、各部の動きなどを慎重に確認される。
お医者さんは、おもむろにおっしゃった。「お母さんがおっしゃるような動きなら、入眠時ミオクローヌスでしょう。付随的な運動で、恐らく心配しないといけないものではないと思います」。
こちらは(?o?)だ。あまりにも見たてに違いがありすぎやしないか。妻は直接検診の先生と話しているだけに、検診担当のお医者さんのことばを思い出しながら質問をしていたように思う。
お医者さんは、「入眠に伴って起きる運動と考えていただいたらいいでしょうか。もしも、脳に問題があって起こる運動であれば、動きはもっと激しいものになっています。また、そこまで脳に問題が生じていれば、発達に何らかの影響を及ぼしているでしょうし、その動きも何度も繰り返されているでしょう。そのあたりを考えると、今すぐ心配だということはないと思います」というようなことをおっしゃったのではなかったか。。
妻が「じゃあ、この子は心配ないということですか」と聞くと、お医者さんは、「そうです」とのこと。わたしは膝の力が少し抜けたことを覚えている。妻は泣き出した。それにしても、それならあの検診の先生は何だったんだろう。
「検診の時の先生の見たてはどういうことになるんでしょう」と聞いてみた。お医者さんは心持ち困った様子で、「う~ん、あの先生はそうおっしゃってたってことですねぇ…。そうなるとお母さん方もあわてて検査に来られますよねえ」と、とても歯切れが悪いが、どうもそんなことが何度も起こってる感じだ。家内の話だと、検診の先生は、「こんなんを見逃すなんて彼は何をやってるんだ」と、うちのかかりつけのKさんを自信ありげに批判していたそうだけれど、お医者さんの話では、「Kさんはちゃんとしておられます」とのことだ。この「は」の使い方はとても国語力的だと思う。どうも批判されるべきは、検診の先生の方なのかもしれない。
そんなこんなで、乳児の場合、MRIには麻酔を使うということなので、見送ることにした。先生が診察中にかなりいろいろなことを確認して下さったので、一安心だ。その後も問題なくきている。
最後の会計の時、不思議なことがあった。何と、あれだけ長い時間診てていただいたのに、診察代はなしだった。しかし、受付の人が持っている伝票らしきものの再下段には、数千円の記載があったことをわたしは見逃さなかった。なぜ診察代はかからなかったのだろう。不思議な話だ。実は不思議ではない気もするけれど。
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