垂渓庵です。
昔、少林寺拳法を習っていた。小学校から中学にかけての頃の話だ。
道院では冬でも雑巾がけやら何やらがあった。あれは礼儀作法を重んじる一環か何かだったのだろうか。手が冷たいというか痛いような感じになるのを我慢して雑巾がけをしていた。いい習慣だったと思う。生徒にも教室の床を雑巾がけさせればいいような気もするが、今時だと保護者の抗議などが来るかもしれない。
雑巾がけが終わると、練習の前に道院長のウメモト先生の講和を聞いた。正直者が馬鹿を見る世の中だけれど、正直者に馬鹿を見させる世の中が間違っているのだ、というような内容だったと思う。今ではお話のあらかたを忘れてしまったが、わたしの行動原理の奥底に刷り込まれているような気がする。
ウメモト先生のお話の後か前に少林寺拳法を学ぶ者の心得のようなものを暗誦した。これも多くは忘れてしまったが、次の二句はよく覚えている。
己こそ己のよるべ。己をおきて誰によるべぞ。
よく整えし己こそまこと得難きよるべなり。
自ら悪をなさば自らが穢れ、
自ら悪をなさざれば自らが清し。
清きも清からざるも自らのことなり。
他の者によりて清むることを得ず。
どちらもわたしの行動原理の奥底に、以下略。
やはり、いい教えだ。こういうことを口に唱え、座禅をすると、たとえその時だけでも、ちゃんとしよう、と思うようになる。なかなかこのことば通りにはいかないが、あのような時を持てたのは幸運だったと思っている。
今でも生徒にこれらのことばをアレンジして話すことがあるわたしは、たぶん今風の教師ではないけれど、無理に今風になろうとも思わなかったりするのである。
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