2013年6月17日月曜日

旧暦5/9 二十年後の戦争

垂渓庵です。

二十年後、日本はフランスと戦うことになる。最初は某地に停泊中の両国艦船の乗組員同士のいざこざから始まる。両国の艦隊司令、現地の外交筋あたりの不首尾も手伝い、いざこざはどんどん規模を拡大し、両国の艦隊が雌雄を決すべく洋上で邂逅戦を行うに至ってしまう。

とても悲しいことだが、それが現実なのだ。

変な夢を見ているとお思いだろうか。以上は、実は芥川龍之介の「廿年後之戦争」の概略を述べたものだ。1906年に執筆されたもののようなので、現在ただ今を基準とした場合、正確には、二十年後に起こるのではなくて、九十年近く前に起こるはずだった戦争ということになる。

戦前、日米もし戦わば、的な作品が多く作られたそうだけれど、これもまたそうした作品の一つということになるだろう。珍しいのは、芥川龍之介が書いたということと、日本の交戦国がフランスになっているということか。

どうしてフランスなのか、芥川なりの予測があったものと思われる。芥川は、乗組員のいざこざが起きるのを、南方ジャワ(爪哇)の地としている。そこらへんから察するところ、芥川は南方の資源を欲する日本とフランスの激突は必至と見たのかもしれない。

作品自体は、単純な小説仕立てではなく、各地の特派員伝や軍の報告、新聞記事などを適宜織り交ぜる形をとっていて、かなり臨場感を持って読むことが出来るものになっている。それぞれにいかにもそれらしい文体で書かれているあたり、芥川の器用さが出ていると言えるだろう。

現実の戦争は彼の予想とは大きく異なる展開を辿ったわけだけれど、彼がこのような作品を書くというあたりに、時代の状況が色濃く現れているように思える。とても興味深いとところだと言えるだろう。

そうそう、本篇は、「中学生時代」なる雑誌か何かに発表されたためか、上滝式防弾鉄というとても防御力の高い鋼板の発明だの、吉田軍医のあらゆる疾患を癒す薬品の発明だのという稚気あふれる記述があって、これまた芥川の筆になると思うと、いっそう興味深い。海野十三あたりが書いたのなら、何の違和感もないのだけれど。

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