垂渓庵です。
前回紹介した芥川の「廿年後之戦争」には、フランスの走狗となって暗躍する仏探が登場する。
「仏探」とは、おそらくフランスの軍事探偵の省略形というところだろう。元々、日露戦争の際に、ロシアのスパイという意味の「露探」ということばがあった。それを元にこさえた言葉だと思われる。「露探」は、一種の蔑称として用いられることもあったようだ。かなり蔑む気持ちの強いことばだと言える。
「仏探」という(たぶん)蔑称で呼ばれるのは、杉浦与四郎という人物だ。この人物が「仏探」だということは、作品の末尾近くに二行だけ触れられている。
憎むべき仏探
憎むべき仏探杉浦与四郎昨日捕縛咄人非人
とある、最後がよく分からないけれど、極度に蔑まれていることは確かだろう。
先日、漫然と芥川の「追憶」という文章を読んでいると、「二六 いじめっ子」という部分に、芥川の出会った、世間に多いいじめっ子として、「杉浦誉四郎」という人物が出てきた。杉浦は小学校で芥川の隣の席だったらしい。本文には、「たびたびボクをつねったりした。おまけに杉浦の家の前を通ると狼に似た犬をけしかけたりもした。ボクはこの犬に追いつめられたあげく、とうとうある畳屋の店へ飛び上がってしまったのを覚えている。」
「追憶」では、比較的冷静に杉浦のことを記しているようだけれど、存外、小学生当時の芥川は、この杉浦が内心嫌でたまらなかったのではなかろうか。そんなこんなで、中学生を相手にする文章を書こうとした時、はからずもそんな心情が蘇ってきたのではなかろうか。仏探の記述は、芥川による軽い意趣返しのようなものだと考えるといいかもしれない。
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