最近、それなりに「耽読翫市」している記事が続いている。ちょっと発憤した結果だ。というのは嘘で、仕事部屋で周りを見回して、目についた本について書いているというのが実情だ。そのつもりになれば、ネタはそこらに転がっていると最近気付いた。
kindleネタは、そうはいかない。何しろ、掌編も中編も長編も、ついでに随筆も読者アンケートへの回答っぽいのも、全部一緒くたになっているし、いわゆるフォルダにあたるものは一階層しか作れず、気軽に眺め回すなんてことがしにくいからだ。もちろん、有料の電子書籍を買わずに、どこまでも無料本の範囲内で済ませようというけちくさい根性だからそうなるわけだけれど、フォルダを何階層か作れる仕様にしていない点に、有料本へ誘導しようというamazonの意図が見え隠れする。
でも、それはそれとして、今回はkindleネタだ。たまたま面白い素材が見つかったので、早速とりあげようと思う。
少し前に書いたと思うけれど、古川ロッパの兄は実は推理小説作家だった。浜尾四郎といい、検察検事で後に貴族院議員になった人だ。活動期間は十年にも満たず、四十歳を目前にして脳溢血で死んでしまった。戦前に本格的な探偵小説を書いた人として推理小説業界では評価の高い人のようだけれど、今はそれについては深くは触れない。というか、触れる知識がない。
実際に作品をいくつか読んだ限りでは、確かに妙なけれん味もなく、よくできていると思う。ただ、大まかに言って、作品のバリエーションがそれほど多くなく、人が人を裁くことにまつわる問題に収斂する傾向がある。もっと長生きしていろいろなものを書いてほしかった人の一人だ。
さて、そんな彼の小説に大道法律家が出て来る。大道芸人の大道だ。
浜尾は、「夢の殺人」にこんな人物を登場させている。
その一つさきの群衆の中心には角帽を冠った大学生風の男が手に一冊の本を携えてしきりに喋舌っている。否どなっている。この大学生風の男、街角でただ単に演説をぶっているのではないらしい。先の部分では、こんなことを言っている。
「諸君は恐らく、そんな事はめったにあるものではないというだろう、と思うから愚かなんである。君等は法律を医者の薬と同じに考えているから困る。薬は病気にかかってはじめて要るものだ。然るに法律はそうでない。君等が一時たりとも法律を離れては存在し得ない。たとえば君等は大屋に渡した敷金なるものは如何なる性質のものか知っているか。よろしい。之は或いは知っている方もあろう。ところで君等の中には大屋もいるだろう。その人々はその敷金を消費することがはたしてどの程度に正しいか知っているか。今日君等は電車で又はバスでいや或いは円タクでここへ来たろう。電車に乗って切符を買うことはどういうことか知っているか」
大学生と見える男は法律の話をしている。(引用は青空文庫より。一部フリガナを省いた。以下同じ。)
「抑(そもそ)も電車の切符は、片道七銭也の受取であるか、それとも電車に乗る権利を与えたことを認めた一つの徴であるか、之が君等に判然とわかるか。本書第百二十八頁に、大審院の下した所の判例がある。ちゃんとその点は判例を以って説明してある。円タクで来た諸君に問おう、君等はもし途中で円タクが動かなくなったらどうする。たちの悪い運転手は新宿からここまでのせるのをいやがって本郷あたりで故障だからといって君等を下ろしてしまう。このあいだもそういう目にあった人が僕の所へ相談に来た。僕は直ちに本書第三百一頁を開いて見せた。ほら、ここに明かに記してある。斯くの如く法律知識は必要なものであるにかかわらず、多くの人は殆ど其の必要を感じていないとは実に解すべからざる事実である。法律を知らずして世を渡らんとするは、闇夜に灯火なくして山道を歩くようなものではないか。(以下略)」おそらく彼は本の宣伝をしているのではないかと思われる。大道で口上を述べて商品を売る。ほとんど香具師だ。というか香具師そのものだ。浜尾もこの男を「大道の法律家」と呼んでいる。法律家なんて香具師とは対極に位置する存在だと思っていたけれど、どうやらそうとは限らないらしい。正確に言うと、この大学生風の男は、法律の周辺で飯を食っているというところなのだろう。
彼の演説(?)が主人公にある犯罪を思いつかせるのだけれど、それについては実際に作品を読んでもらうことにしよう。こんな商売が成り立つなんて、生きていくのは大変だったろうけれど、面白そうな時代だ。
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