垂渓庵です。
これは2008年5月に公開した。コンピュータ用語は他にも奇妙なものがあるかもしれないと思いながら、そのままほったらかしてある。自動詞と他動詞の組み合わせについては、他にもいくつか例を拾っていて、訂正が必要かなとおもう部分がないでもないけれど、そのままにしてある。いずれ補訂しないといけないかな。
以下本文
垂渓庵です。
パソコンでファイルのやりとりをする際に、圧縮、解凍を行うことがあります。その際にはLHASAのような圧縮・解凍ソフトを用いるわけですね。仕組みがわからないながら、便利なので日常的に使っているのですが、あの「圧縮」と「解凍」ということば、落ちついて考えてみるとちょっと妙なところがあります。
圧縮の反意語はそもそも「解凍」でしょうか? 恐らくは、いや確実に違います。「解凍」は普通に考えれば、「冷凍」あたりの反意語になりそうです。「圧縮」の反意語は何でしょうか。すぐには思い浮かびませんが、「解凍」でないことだけは確かです。
英語科の先生の話では、圧縮ソフトは英語で”compression software”というそうです。
解凍ソフトは同じく英語で”decompression software”だとか。あるいは解凍のことを”extraction”とも言うそうです。
英語の辞書を見る限りでは、compressionは「圧縮」という意味のようです。一方、decompressionの意味は、「減圧」。
英語の語形としてはともかくとして、日本語としては「圧縮」と「減圧」では反意語にならなさそうです。
もしも”compression”を「加圧」と訳せるならば、「減圧」と対にはなります。しかし、そうすると、LHASAのようなソフトを「加圧ソフト」と呼ぶことになります。また逆の動作をするものは「減圧ソフト」になります。
が、それではそれらのソフトがやっていることと少しずれてしまうように思えます。語感としては、”compression”は加圧よりも圧縮と訳す方がこの場合はぴったりくるようです。
ネット上でいくつか検索をかけてみると、どうやら圧縮の対義語は、「膨張」「展開」になるようです。が、ソフトの名前としてはそれぞれ難がありそうです。
「膨張ソフト」。……何やら無駄にファイルのサイズを大きくしてしまいそうです。そんなソフトはいりません。
それでは「展開ソフト」はどうでしょうか。これは実際に”decompression software”の訳として用いられています。
普通は「展開の早いドラマ」というような使い方をするはずですが、この場合は違います。「折りたたんだアンテナを展開する」という使い方と結び付くように思います。「展開」ということばの一般的な使われ方と少しずれているのですね。これだと、何をするソフトなのかが直感的にわかりにくいという問題があります。
どうも、厳密に「圧縮」と対になる語を追求していっても、ソフトの名前としては妥当性に問題があるものしか浮かび上がってきません。
それでは、「解凍」ということばの方はどうでしょうか。上にも書いたように、おそらくは「冷凍」あたりと対になるものと思われます。
では、”decompression
software”の訳語を「冷凍ソフト」としてみるとどうでしょうか。ファイルを保存に適する状態にするというニュアンスは出てきます。一般的なことばですから、ソフトの名称としては悪くなさそうです。が、あえて問題点をあげるとすれば、ファイルサイズを小さくするというニュアンスがこのことばにはまったく含まれていません。
つまり、「解凍」―「冷凍」という対では、ファイルサイズを小さくするという要素がすっぽり抜け落ちてしまうことになり、ソフトの中心的な働きを表さない名称となってしまうのです。こちらの場合も、語学的な厳密性を追求すると、ソフトの名前としての妥当性に問題が生じるのです。
おそらくはこれらのソフトの作り手たち──あるいはこれらのソフトの日本語名を考えた人たち──も、同じ問題に逢着したのだと思われます。その結果、妥協の産物というか、直感的にソフトの働きをとらえてもらいたいという動機が優先して、「圧縮/解凍ソフト」という名称に落ち着いたのではないかと考えられる
のです。
「圧縮ソフト」でピタリと決まりだな。
さて、逆の働きをするものを何て呼ぼうか。
「膨張」? 違うな。
「展開」? いい線いってるけど分かりにくいな。
何かいいのがないかな。
使えない形式のファイルを使えるようにする。
あ、「解凍」なんかいいんじゃないかな。
「解凍」の逆は…、「冷凍」か。
「冷凍ソフト」ねえ。
何か違うな。
う~ん、どうしようかな。
いっそ二つをくっつけちゃうか。
「圧縮ソフト」「解凍ソフト」
いいんじゃないかな。
うん、いいよこれ。
おそらくはこのような道筋をたどったのではないでしょうか。語学的な厳密性よりも直感的な意味伝達性を重視したということになるのだと思います。それは実際の言語の運用の場で日常的に起こることなのでしょう。
わたしたちの身の回りの言い回しなども、落ち着いてふり返ってみれば、同じように興味深い問題がそこここに転がっているのではないでしょうか。たとえば、「問題が転がる」ってどういうことなのか、なんてのもその一つになるでしょうね。
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