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2022年5月31日火曜日

旧暦5/2 後ろ姿

 垂渓庵です。

先日、通勤途中のこと。身長が高くすらっとした後ろ姿で、ミニスカートをはいたとてもスタイルのいい人がいた。きれいな金髪のロングヘアーだ。 これで顔立ちが整っていたら、さぞ男がほうっておかないことだろう、と考えるでもなくぼんやりとその人を見ていた。気づくとおれの周りの男性諸氏もちらちらとその人の方を見ていた。

 これが平安時代の物語や中世の擬古物語なら、きっとあの後ろ姿だけで惚れる貴公子が掃いて捨てるほどいることだろう。事ほどさように当時は男と女の接点が少なかったのである。

 途中、大きな駅に着いて人が動き席が空いた。その人が向かいの空いた席に座った。マスクをしているのでよく分からないところがあったけれど、その人は男だった。びっくりだ。 なんというか、一挙に物語のジャンルが変わった音がした。これは、あれだ。『源氏物語』なんかじゃなくて『昨日は今日の物語』に出てくるような衆道系の話だ。

2022年5月30日月曜日

旧暦5/1 ずれていく!

 垂渓庵です。

 先月、今月とひと月ずれるけれど、日にちは旧暦といまの暦とが一致していた。しかし、ここからは徐々にずれていく。来年の正月元旦で10日のずれだ。再来年の正月元旦だと20日ずれる。とはいえ、そのままどんどんずれまくるわけではない。再来年の11月にはまた日にちが一致するようになる。当たり前と言えば当たり前か。ひと月は最大30日しかないんだから。

では、月はどうか。何の手も加えなければどんどんずれていくはずだ。もちろん、1年は基本的には12ヶ月しかないのだから、いずれはぐるっと一回りして元に戻る。が、その間には、真夏に1月になったり、真冬に8月がやってくることも起こりうる。そうならないように適宜挿入されるのが閏月(うるうづき)だ。これによって月のずれが解消される。

現在の暦になれていると分かりにくいが、旧暦も毎日慣れ親しむようにしていると我と我が身になじんでくる。moonの月の見え方なんかは、むしろ旧暦の法がしっくりしてくるから不思議だ。

2022年4月18日月曜日

旧暦3/18 ひと月遅れ

 垂渓庵です。

 これまで何となく書きそびれていたのだが、今月は今の暦と旧暦とがちょうどひと月ずれている。というわけで、今日は旧暦でも18日だ。3月の、だけれど。

今日18日は15日(満月)の三日後なので、少しいびつな月が日の入りの約2~3時間後に東の空に顔を覗かせる。旧暦の月がどんな姿でいつ頃出てくるか、 体感するには今月がいい機会だ。みなさんも今月はできるだけ空に月を見つけるようにしてはいかがだろうか。

2022年2月14日月曜日

旧暦1/14 文学史

 垂渓庵です。

 古典あるいは現代文の授業をしていて、毎年処置に困るのが文学史だ。センター試験(共通テスト)を視野に入れた場合、さほど重要ではないが、さりとて文学史的な内容を問う大学がないわけではない、という悩ましい位置にあるのが、文学史である。

 無視するわけにもいかず、さりとて あまり深入りしても入試での出題頻度を考えるとコスパが悪いのである。というわけで、古典を担当するにしろ、現代文を担当するにしろ、授業を2、3回費やして最低限の説明をするようにしている。ま、どだい2、3回程度で千数百年以上にわたる長い期間の文学史や、近代以降の膨大な作品が作られる時代の文学史をカバーしきれるわけがない。骨子だけを伝えて、受験に必要な度合いに応じて生徒に作品名や作者名を補ってもらうことにしている。

 と言っても乱暴な骨子なのだけれど、最低限のターニングポイントだけは伝えるようにしている。力業で文学史を強引にねじ伏せなければならないので、この時期なのに授業を終えると汗をかいている。普段のおれの省エネスタイルと違って熱演と言えるだろう。いや、おれの言っていることは本当か、と冷や汗を流しているのだという説もあるが。

2022年1月19日水曜日

旧暦12/17 えいやっと

 垂渓庵です。

 年末にブログを一旦停止してからずるずると日数を重ねている。またまたブログ中断の危機に陥っているので、えいやっと更新することにした。

 特にこれといった話題があるわけではないが、スタートしだしている冬アニメにあんまり面白そうなものがないなあと思っていたが、実際に見てみるとそうでもない。ま、その辺の話題については追々と。

 通勤途中でタブレットでアニメを見ているというのは以前書いたかも知れないけれど、さすがに飽きてきた。もちろん視聴は続けるけれど、本を読んでもよいなあと思ってみたり。というわけで、一冊だけ通勤鞄に入れることにした。目崎徳衞さんの『王朝のみやび』である。目崎さんの本は何冊か読んでいるが、肌に合っていると言えばいいのか、面白いと思えるものが多い。そのあたりについても追々と。 

というわけで、今年もよろしくお願いします。

2021年10月22日金曜日

旧暦9/17 謡曲百番

垂渓庵です。

大正から昭和初年ごろにかけて刊行されていた「日本古典全集」という古典の古いシリーズがある。その一つが「謡曲百番」だ。版によって異なるけれど、4冊ないしは2冊にまとめられている。 

今どきの人の中で謡曲に親しむ人はそんなにいないんじゃないかと思うけれど、古典文学の全集などには必ず謡曲が収められている。ただでさえ我々に縁遠くなっている日本の古典の中でもさらにマイナーな謡曲である。その文学史的意義が我々にも分かるように微に入り細を穿つ注や口語訳が付けられるのが常だ。しかし、である。「日本古典全集」はそんなことはしない。擬光悦本とも言われる古活字の版本をそのまんま縮小して収めているのだ。昭和初年という刊行時期のせいもあるのだろうが、硬派というか何というか、男前なことだと思う。

日本古典全集には他にも「本草和名」や「教訓抄」など、もとの本がまんま収められている。あの頃の人は全員じゃないにしても、これ、読めたんだろうなあ。

2015年9月25日金曜日

旧暦8/13 たまっている

垂渓庵です。

生徒が本を貸してくれる。貸してくれるままに借りていると、ちょっとやそっとでは読み切れない量になってきた。とりあえず読んでいかないといけない。がんばろう。

これが近況か。どうも非生産的というか、耽読も翫市もしていない気がしないではないが、やむをえない。

というわけで、まずはすぐにでも返さないといけないミステリー1冊、ラノベ4冊を読み上げなければ。

とはいうものの、雑務も溜まっている。こうなりゃ運動会の当日、仕事が入っている以外の時間は図書館にでも籠もろうか。

と書いて思い出した。図書館で調べ物をしないといけないのだった。


2015年9月10日木曜日

旧暦7/28 作文講話及び文範

垂渓庵です。

『作文講話及び文範』という本がある。明治四十五年に出版された。

わたしは大正七年発行の縮刷本を持っている。この本、千ページ以上の大部の本なのだけれど、とても面白い。

2015年9月9日水曜日

旧暦7/27 蕭 登福さんのこと

垂渓庵です。

蕭 登福さんという学者がいる。台湾の人だ。天国や地獄の観念を中心として、仏教と道教の交渉史を研究している人だ。と知った風なことを書いているが、実はそんなに詳しくはない。ご本人にお目にかかったこともない。

が、学生の頃からお名前は存じ上げていて、勝手にリスペクトしている。どうしてそんなことになったのか。

ことは昨日の記事にとりあげた和歌色葉を読んでいた頃まで遡る。

2015年9月8日火曜日

旧暦7/26 和歌色葉を読んでいたころ

垂渓庵です。


わたしは学生の頃、王朝和歌を専門の研究対象としていたが、さまざまな分野に首を突っ込んでいた。というか、わたしの通っていた大学では卒業オア修了のためには、各時代に渉るさまざまな分野の単位が必要だった。
で、その中に、伊藤正義先生の授業があった。先生は学部で謡曲や歌学書を扱い、大学院では宴曲を扱っておられた。先生について思い出を記した先代のブログがあるのだけれど、うまくリンクが張れない。興味のある人は、「伊藤正義 勧君金屈巵」でググってください。トップにその記事が出てくる。

2015年9月2日水曜日

旧暦7/20 石田穣二さんすごい

垂渓庵です。

職場の行き帰りに本を読んでいる。何度も書いていると思うけれど。

このところはちょっと硬めの研究書を読んでいる。石田穣二著『源氏物語攷その他』だ。と書こうとして「攷」の字がなかなか出てこなかった。そんなに珍しい文字ではないと思うのだけれど。ワープロソフトの辞書大丈夫か。

さて、石田穣二さんは、わたしが学生のころは、角川文庫の枕草子や新潮日本古典集成の源氏物語の著者として知られていた人だ。などと書くまでもなく、中古文学研究の第一人者だった人だ。十年ほど前に亡くなっておられる。

わたしが学問のまねごとをしていたころは脂の乗った研究者だったはずだけれど、学会などでお見かけしたことはたぶん、ない。ま、研究者の名前や顔にはあまり興味がなかったので、誰かに教えてもらっても、スルーしていただけかもしれないけれど。

2015年8月28日金曜日

旧暦7/15 またもや勉強&ヒロタさん追悼

垂渓庵です。

またもや自分で教材を作るべく四苦八苦している。よっぽど暇なんだな。おれ。

というわけで、今回も「、仏教がらみの説話をせっせとワープロ入力→簡単な注を作成」という作業にいそしんでいる。

2015年1月21日水曜日

旧暦12/2 勉強した!

垂渓庵です。

大学を出てはや20年以上。今や根を詰めて勉強することはない。よくないことだとは思いつつも、要領よく授業準備をやり、その時々に思いついたことを少し掘り下げる、というような感じで日々を過ごしている。

例外的に少し手間をかけて勉強したのが、「古文を訳させるにはシリーズ」の授業のための予習だ。もはや去年のことになる。

今回は、次の段階として予定している「歌物語を読ませるシリーズ」「和歌を読ませるシリーズ」のための勉強だ。

2015年1月15日木曜日

旧暦11/25 図書館祝詞

垂渓庵です。

去年、現代の祝詞を紹介する企画を立ち上げた。この記事だ。でも、その後頓挫した。本欄にはよくあることだ。が、一回も本題に入らなかったことはない。このままではあんまりなので、とりあえず、予告だけしていた「図書館開館祝詞」を紹介してみよう。

原文は宣命体で書かれているが、入力がとても面倒だ。というわけで、『神道大祓全集と解説』の著者である阪井正卿自身の記した「読方」に拠る形で引用してみたい。適宜漢字を仮名に直した。また旧字は現行の字体に改め、一部残したフリガナは、カッコに入れる形で示した。

2015年1月6日火曜日

旧暦11/16 古文を訳させるには5

垂渓庵です。

前回はわたしはまぬけだという話だった。今回は、わたしはこれからもまぬけだろうという話だ。

生徒に訳させるために、ネットでマイナーどころの作品を選んでしまったために、本文を整えるためにえらいこと苦労したところまで書いた。

それだけでは終わらないのである。生徒に話をする以上、自分が内容についてきちんと理解できていないといけない。本文の解釈ももちろんだけれど、出て来る人名や事項などについてもきちんと押さえる。必要がある。これがまた面倒だった。

2014年11月19日水曜日

旧暦閏9/27 古文を訳させるには 4

垂渓庵です。

前回は、わたしがまぬけだったかもしれないというところまで書いたと思う。今回はやっぱりわたしはまぬけだという話だ。

2014年11月18日火曜日

旧暦閏9/26 古文を訳させるには 3

垂渓庵です。

前回は、教材を作るために、マイナーどころの作品を探すのにけっこう苦労した話だった。実家の専門書や資料類を突っ込んである棚をものすごく久しぶりにひっくりがえしたし。

で、いよいよ読ませる作品が決まって、大切なことに気がついた。

2014年11月17日月曜日

旧暦閏9/25 古文を訳させるには 2

垂渓庵です。

古文を訳させるには、訳や注などがネット上に存在しないような教材を読ませればいいんだ、そう気づいたところまで書いた。単純と言えば単純な話だ。

で、その単純なアイデアを実行しようとして、えらい目にあった。

2014年11月16日日曜日

旧暦閏9/24 古文を訳させるには 1

垂渓庵です。

この前バスの中であったという会話。

「古文の予習をしないといけない!」
「そんなのネットで探したら見つかるでしょ?」
「それが、どこにもないのよ」

今はネット社会だ。うまく使えば、多大の恩恵を与えてくれる。が、インターネット依存症なることばがあるごとく、使いようによっては、大きな弊害がある。

ところで、上の会話で予習をしなきゃと言っているのは、たぶんわたしが古文を教えているクラスの生徒だ。どうしてそんなことが分かるのか。

2014年9月24日水曜日

旧暦9/1 祝詞いろいろ

垂渓庵です。

祝詞(のりと)というものがある。七五三の折などに、神社で神主さんがむにゃむにゃと唱えるあれだ。他にも地鎮祭や神前の結婚式などでも唱えられることがある。

あの祝詞にはある程度定型がある。子供の幸せを祈ったり、工事の無事や結婚の祝福などを祈願したりするために、パターンに則って神様に語りかけるのだ。

手紙文が、拝啓で始まって、時候の挨拶、本題、敬具で止め、場合によっては追伸に続くのと似たようなものだ。

本の部屋の整理をしていて、そのパターン集が出てきた。書名は「神道大祓全集と解説」。著者は「阪井正卿」。表紙には、「興風書院蔵版」と印刷されているが、奥付を見ると、発行所は「仏教新聞社」とある。業界紙だろうか。昭和十四年に出版されたものものだ。

だいぶ前に古本屋さんで買ったものだが、すっかり忘れていた。