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2017年3月16日木曜日

旧暦2/18 ほとんど機能していない

垂渓庵です。

何ヶ月ぶりだろう。このブログ、ほとんど機能していない。機能していなくても迷惑をかけるところがあるわけではないけれど、機能させていない自分ががなんとも落ち着かない。

というわけで、最近源氏物語を読んでいる。と前の記事で書いたのかどうかさえ、すでに忘却の彼方だけれど、 とりあえず源氏物語を読んでいる。

学生の頃とは違い、時間も手間もかけていられないけれど、いろんなところが気にかかる。もちろん、注釈書を参看しつつ、マスダ先生や石田穣二さん、清水好子さん、阿部秋生さん、今西裕一郎さんらの諸論考に問題意識を喚起させられながら読むからで、わたしに初手からそんな生産的な読解力が備わっているわけではない。

が、ともかく、非常に興味深く読んでいる。大学の学部生の頃に源氏の講読の授業もとっていたけれど、こんな風に読むことはできなかった。余裕がなく発表に汲々としていた印象がある。何も分からないままにかろうじて見よう見まねで読んでいた。使い方はおろか用途すらよく分からない装置をとにかく動かせと言われていたようなものだ。

今は、使いこなすまでには到底至らないけれど、少なくとも基本の使い方やいちおうの用途ぐらいは分かるようになっているということなのだろう。

学ぶは真似ぶだとはよく言ったものだと思う。真似してやってみて、失敗して、また工夫して……。ということを繰り返してやっと入り口が見えてくる。見えてくるためには、後の努力ももちろんだけれど、最初の真似ぶところで手を抜いてはいけないのだと思う。手を抜いていたら、訳の分からぬ装置が手になじむことはなかった気がする。

そう考えると、就職のことなど四回生になるまで考えず、ひたすら浮き世離れした講読やら演習やらに浸ることができたのは、それはそれで幸運だったのかもしれない。やってる当時は苦痛に感じられることも多々あったのだけれど。

少なくとも学生の頃の延長のようなことをちまちまとやることがおあしを稼ぐことにつながるわたしとしては、何やら実学志向になっているらしい現在の大学で学ばなくてよかった、と思わなくもなくなくなくないわけである。あれ。

2015年9月9日水曜日

旧暦7/27 蕭 登福さんのこと

垂渓庵です。

蕭 登福さんという学者がいる。台湾の人だ。天国や地獄の観念を中心として、仏教と道教の交渉史を研究している人だ。と知った風なことを書いているが、実はそんなに詳しくはない。ご本人にお目にかかったこともない。

が、学生の頃からお名前は存じ上げていて、勝手にリスペクトしている。どうしてそんなことになったのか。

ことは昨日の記事にとりあげた和歌色葉を読んでいた頃まで遡る。

2015年9月8日火曜日

旧暦7/26 和歌色葉を読んでいたころ

垂渓庵です。


わたしは学生の頃、王朝和歌を専門の研究対象としていたが、さまざまな分野に首を突っ込んでいた。というか、わたしの通っていた大学では卒業オア修了のためには、各時代に渉るさまざまな分野の単位が必要だった。
で、その中に、伊藤正義先生の授業があった。先生は学部で謡曲や歌学書を扱い、大学院では宴曲を扱っておられた。先生について思い出を記した先代のブログがあるのだけれど、うまくリンクが張れない。興味のある人は、「伊藤正義 勧君金屈巵」でググってください。トップにその記事が出てくる。

2013年10月9日水曜日

旧暦9/5 灯心地獄

垂渓庵です。

わたしの卒業した大学の国語国文学科の先生方は全部で六名だった。国語学、国語学、上代、中古、中世、近世というラインナップだったか。

あれ、近現代がないとお気づきの方、その通りです。きちんとリサーチをしないで漱石や芥川を勉強しようと思って入学すると、愕然とすることになる。わたしの同期にもそんな奴が約一名いた。仮にIとしておこう。当時は今ほど大学も情報発信などをしていなかったから、調べようとしてもよく分からなかったかもしれない。Iには十分同情の余地がある。

わたしはもともと古典を勉強しようと思っていて、同じ大学を卒業した国語の先生に相談して志望校を決めた。その関係で、あまりきちんとリサーチしていなかった。入学後、近現代の先生がいないと知ったのは、Iと同様だ。が、幸いなことにそれほどダメージを受けることはなかった。

2012年11月30日金曜日

旧暦10/17 邪道の聴き方──DREAM KEEPERの場合

垂渓庵です。

また好きなアルバムを一枚挙げてみよう。ジャズベーシストのチャーリー・ヘイデン(CHARLIE HADEN)のリーダーアルバム、『ドリーム・キーパー(DREAM KEEPER)』だ。

2012年11月26日月曜日

旧暦10/13 周回遅れの真実あるいはたどりつけない村上春樹

垂渓庵です。

今年に入って以下のような本をぼつぼつと買ったり読んだりしている。これらには、ある共通点がある。おわかりだろうか。

宇宙樹・神話・歴史記述
 イワーノフ/トポーロフ著
 岩波現代選書

あずさ弓
 ブラッカー著
 岩波現代選書

文化=記号のブラックホール
 丸山系三郎著
 大修館書店

シンボル形式の哲学
 カッシーラー
 岩波文庫

探究
 柄谷行人
 講談社学術文庫

反=日本語論
 蓮見重彦
 ちくま文庫

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
 ウェーバー
 岩波文庫


岩波の本が多いですね、というのが答えではもちろんない。また、人文科学系に偏っていますねというのも、正解に近くないわけではないが、違う。

2012年4月25日水曜日

旧暦閏3/5 再掲 ゲームとコンビニと携帯電話5

垂渓庵です。


これは2009年1月に公開した。記事がずるずると続くうちにとうとう年をまたいでしまった。無計画に書き始めるとこういうことになる。最近いちばん近所のコンビニで気さくなおばちゃんが働くようになった。大手チェーン店にはあるまじき昭和の店に変わっていくのだろうか。今後の展開が注目されるところだ。


以下本文

ああ、とうとう記事が年をまたいでしまった、と慨嘆している垂渓庵です。

あと少しこの記事におつきあい下さい。

あ、今年もよろしくお願いします。

さてさて、前回とりあげたコンビニ、最初は二十四時間営業ではなかったように思います。

朝から夜九時や十時ぐらいまでの営業じゃなかったでしょうか。

それが徐々に時間が延びて、気づけば二十四時間営業。

アパートの近所には、おそらく個人営業と思しきコンビニもどきの店もあったりしました。

が、いつの間にかなくなってしまいました。

店員さんがアットホームでわたしは一番好きだったんですが。

2012年4月24日火曜日

旧暦閏3/4 再掲 コンビニとゲームと携帯電話4

垂渓庵です。


昨日は過去記事の紹介ではなく、臨時に新稿を公開した。今日は先週水曜の続きだ。これは2008年12月に公開した。二日後は大晦日というタイミングだ。もういい加減早く終わらしたいなと思ったのがこのころだったか。なかなか終わらない記事にちょっと飽きが来だしたのだったと思う。どうもわたしには持続性が欠けているようだ。


以下本文 

案に相違してなかなかこの記事が終わらず少々あわてている垂渓庵です。

やっとコンビニの話です。

コンビニが一般化しだしたのはいつごろからでしょうか。

地域差があると思いますが、わたしの身近でコンビニがそこここに見られだしたのは、成人する前後ぐらいだったのではないかと思います。

今から二十数年前ですね。

それまではコンビニのような便利なお店屋さんはありませんでした。

夜中にものを買いに行けるなんて、その頃のわたしから見れば、驚き以外の何ものでもなかったはずです。

今ではそんな感覚はなくなってしまってますが。

2012年4月11日水曜日

旧暦3/21 再掲 大学授業星取り表

垂渓庵です。

これは2008年10月に公開した。鈍感なのかもしれないが、わたしは平板で淡々とした話しっぷりの方の話でも、結構面白く聞くことができる。さすがに講演や授業がそうだとちょっときついけれど、中身に興味を持てればわりと平気だったりする。イデ先生やマスダ先生のお話は決して聞かせるものではなかったけれど、中身はすごかった。そんなことを思い出した。講義ノートを探してみようかな。

以下本文

垂渓庵です。

遊びにやってきた卒業生がたまに大学の授業が面白くないとこぼすことがあります。極端な場合には、大学をやめて受験をし直すと言い出すことも。いや、言い出すだけじゃなく実際に大学をやめてしまった者もいます。

自分の学生時代を思い出してみる限り、それなりに面白い授業がいくつもあったんじゃないのかなあという印象があるのですが、実際はどうだったのでしょうか。ガタがきかけている記憶を総動員して検証してみたいと思います。

2012年3月31日土曜日

旧暦3/10 再掲 アプライル

垂渓庵です。

これは2008年4月に公開した。そんな学生おるかいと思われるかもしれないが、いたのである。当事者が言うのだから間違いない。わたしが通っていた大学は、関西ではそこそこ名が通っている。と思う。
ところで、明日からは四月になるけれど、紹介していない記事がまだだいぶある。というわけで、明日以降も過去の記事を紹介しつつ、新しい記事も書いていくことにしたい。新しい記事は基本的には木曜更新の予定だ。
 
以下本文

垂渓庵です。

むかしむかしあるところに、思いもよらず大学に合格できた青年がおりました。

彼は合格発表があってからというもの、ひたすら遊びほうけておりました。

遊びにもいろいろあります。彼の遊びは地味なものでした。

ずっと我慢していた読書をし、やはり我慢していたテレビを見ていたのです。

そうそう、旭○書店や紀伊国○書店などにもしょっちゅう出没していました。

どちらもそのころは大阪で指折りの大規模書店でした。

彼は書店を巡り歩いては本を買い込み、それを読む、という生活を送ったのです。

読書に疲れたときはテレビ。どちらも目によくありません。

その後、かれは眼精疲労が原因でとんでもない頭痛に見舞われることになります。

しかし、その話はいまは置いておきましょう。

とにかく彼は存分に羽根をのばしまくりました。

それはそれは楽しい毎日を送ったのです。

そんな彼にも大学生として授業を受ける日がやってきました。

その時……。

2012年3月22日木曜日

旧暦3/1 再掲 セマウル号で

垂渓庵です。

これは2007年9月に公開したもの。たぶん初の旅行ネタじゃないかと思う。ブログにも書いたことがあるけれど、大学・大学院で過ごした時間は濃密なものだった。しんどいこともあったけれど、いろんな意味で面白かったと今にして思う。この旅行には、裵さんの他に、ニシさん、ミズタニ夫妻が参加した。裵さんが手配した宿が連れ込み宿っぽかったりしたのも今では楽しい思い出だ。今日は他に2本公開予定です。

以下本文

セマウル号は、韓国の特急列車です。

20年前、まだ大学院の学生だった頃、大学の先輩たちと韓国に行きました。韓国からの留学生だった裵さんが案内をして下さいました。もともとは指導教官である増田先生の研究室一同で行くはずだったのですが、先生だけご都合でいらっしゃれませんでした。

新幹線、フェリー、セマウル号、在来線、バスその他を乗り継いでの旅行でした。記憶を頼りに行程を記すと、

フェリーで釜山へ→セマウル号でソウルへ→景福宮などソウル市内見学→
ソウル泊→急行でテジョンへ→裵さんの先輩にケリョン山などを案内してもらう→
テジョン泊→バスでプヨへ→テジョンへ戻り、急行でキョンジュへ→
キョンジュ見学→キョンジュ泊→釜山へ→飛行機で日本へ