ラベル 雑記 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 雑記 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2022年7月8日金曜日

旧暦6/10 喪章

 垂渓庵です。

 安倍元総理が銃撃を受けて亡くなられた。なんということだろう。折しも参議院選挙の投票の直前だ。思想信条の違いはあっても構わないけれど、わたしの思想信条も安倍元総理のものとだいぶ異なると思うけれど、これは許せない。

選挙を戦う与野党のみなさん。明日はぜひ党派の違いを超えて、喪章を身につけて選挙戦を戦ってください。この凶行は明らかな民主主義への挑戦です。

2022年7月1日金曜日

旧暦6/3 竹

 垂渓庵です。

もうすぐ七夕だ。竹を用意しなきゃいけない。が、せっかく用意しても竹は切ってから半日もすると葉っぱがくるんと丸まってしまう。毎年何だかなあと思っていたが、ネットには竹の横から穴を開けて中に水をためるとよいと書いてある。ドリルで穴を開けてもよいとのことなので一度試してみようか。

今年は梅雨が明けてしまったから、織り姫と彦星もよく見えることだろう。

2022年6月28日火曜日

旧暦5/30 梅雨はどこにいったか

垂渓庵です。

近畿はまだのようだけれど多くの地域で梅雨が明けたらしい。なんでだ。

なぜこんなに梅雨明けが早い。また、なぜ近畿がまだなんだ。の二つを重ねた「なんでだ」である。ことばの重層的手法だ。ほんとか。

さて、冗談は置いておいて。近畿では今後もまとまった雨が期待できるのならいいが、ちょっと心配なのが水不足だ。水不足になるんじゃないかと思ったおれが反射的に思い出したのが「さめうらダム」という名前。 字は書けないが、何十年か前、水不足とむすびついた四国のダムとして記憶していた。「早明浦」と書くのね。そういや連日報道されていたような気がするな。断水になったら嫌なので節水しよう。みなさんも心がけてください。

2022年6月27日月曜日

旧暦5/29 面白くない。

 垂渓庵です。

なんとなく授業が面白くない。もともと授業と試験さえなければ、この商売も悪くない、と思っている人間だから、そんなに授業に熱心なわけではない。しかし、熱心ではないなりに教材を読んでいると、面白いなあと思える、学問のかけらのようなものを見つけることがある。そんな時は、授業が面白くなくもない。

変わった生徒がいればその生徒をいじることもできる。いや、変わっていなくてもいい。色恋沙汰で身辺が騒がしい生徒が居さえすれば、何くれとなくいじることが可能だ。失恋した女子生徒は鬼門だけれど。

しかし、今は問題演習が中心だ。問題の解説をどんどんやっていかないといけない。勢い、横道にそれることは難しい。問題演習が中心であるからして、生徒をいじる雰囲気にもなりにくい。

というわけで、授業が面白くなくなっているのである。

2022年6月17日金曜日

旧暦5/19 見せしめ

 垂渓庵です。

 多くの死者を出した遊覧船の業者が事業許可取り消しの行政処分を受けた。当たり前に思えるが、当事者の社長さんは、違う感想をお持ちのようだ。で、行政処分に関して「見せしめ」だという旨の発言をしたみたいだ。

 それを言った意図が実はよく分からない。報道を見る限り、ずさんな管理運営の結果、あれだけの事故を起こしてしまったのだ。事業許可取り消しの行政処分はしごくもっともに思えるし、大いに同業他社への「見せしめ」になってほしいところだ。あの社長さんのところと同じようなずさんな会社はそうそうないだろうけれど、一罰百戒的なことを期待してはなぜだめなのか。あの社長さんにとっくりと聞いてみたいところだが、口をききたくもないのが正直なところなので、聞く機会はないままなのだろうと思う。

お亡くなりになった方の冥福を祈ります。

2022年5月31日火曜日

旧暦5/2 後ろ姿

 垂渓庵です。

先日、通勤途中のこと。身長が高くすらっとした後ろ姿で、ミニスカートをはいたとてもスタイルのいい人がいた。きれいな金髪のロングヘアーだ。 これで顔立ちが整っていたら、さぞ男がほうっておかないことだろう、と考えるでもなくぼんやりとその人を見ていた。気づくとおれの周りの男性諸氏もちらちらとその人の方を見ていた。

 これが平安時代の物語や中世の擬古物語なら、きっとあの後ろ姿だけで惚れる貴公子が掃いて捨てるほどいることだろう。事ほどさように当時は男と女の接点が少なかったのである。

 途中、大きな駅に着いて人が動き席が空いた。その人が向かいの空いた席に座った。マスクをしているのでよく分からないところがあったけれど、その人は男だった。びっくりだ。 なんというか、一挙に物語のジャンルが変わった音がした。これは、あれだ。『源氏物語』なんかじゃなくて『昨日は今日の物語』に出てくるような衆道系の話だ。

2022年5月30日月曜日

旧暦5/1 ずれていく!

 垂渓庵です。

 先月、今月とひと月ずれるけれど、日にちは旧暦といまの暦とが一致していた。しかし、ここからは徐々にずれていく。来年の正月元旦で10日のずれだ。再来年の正月元旦だと20日ずれる。とはいえ、そのままどんどんずれまくるわけではない。再来年の11月にはまた日にちが一致するようになる。当たり前と言えば当たり前か。ひと月は最大30日しかないんだから。

では、月はどうか。何の手も加えなければどんどんずれていくはずだ。もちろん、1年は基本的には12ヶ月しかないのだから、いずれはぐるっと一回りして元に戻る。が、その間には、真夏に1月になったり、真冬に8月がやってくることも起こりうる。そうならないように適宜挿入されるのが閏月(うるうづき)だ。これによって月のずれが解消される。

現在の暦になれていると分かりにくいが、旧暦も毎日慣れ親しむようにしていると我と我が身になじんでくる。moonの月の見え方なんかは、むしろ旧暦の法がしっくりしてくるから不思議だ。

2022年5月17日火曜日

旧暦4/17 なんかまたもや

 垂渓庵です。

 またもや記事の投稿が滞りかけている。いかぬいかぬ。

 先日、父が実家の鍵をなくしてしまったとかでスペアを作りに行った。してみると、鍵のタイプが古すぎるとかで、作れないと言われてしまったらしい。そんなことがあるんだと思ったが、実は実家の鍵は、もういつになるのかも分からない昔に壊れてしまって、その時にホームセンターで買ったものと付け替えたはずだ。たぶんホームセンターで売ってる鍵が廃盤になったんじゃないかと思う。なんか細長い変な鍵だし。

まだスペアがあるから当面の使用に差し支えがあるわけではないが、スペアもなくなると困ったことになる。一度休みに新しい鍵に付け替えに行かなきゃいけないな。

2022年5月2日月曜日

旧暦4/2 今月も 

垂渓庵です。

先月に引き続き今月も今の暦と旧暦のずれがちょうどひと月だ。というわけで、今日は旧暦でも二日だ。今月末以降少しずつずれていくが、先月に引き続き、日の出と月の出の関係や月の形と旧暦の暦日との関係を見るにはいい機会だ。「月はどっちに出ている」と時折空を見上げてはいかがか。道に迷ってなくても。

2022年4月18日月曜日

旧暦3/18 ひと月遅れ

 垂渓庵です。

 これまで何となく書きそびれていたのだが、今月は今の暦と旧暦とがちょうどひと月ずれている。というわけで、今日は旧暦でも18日だ。3月の、だけれど。

今日18日は15日(満月)の三日後なので、少しいびつな月が日の入りの約2~3時間後に東の空に顔を覗かせる。旧暦の月がどんな姿でいつ頃出てくるか、 体感するには今月がいい機会だ。みなさんも今月はできるだけ空に月を見つけるようにしてはいかがだろうか。

2022年4月4日月曜日

旧暦3/4 予定通り

 垂渓庵です。

 さて、ブログを再開しよう。今回はこれまで再開のたんびに呪文のように繰り返してきた「すまぬすまぬ」だの「前回の記事からすごく間が空いてしまった」だのというような言い訳の言葉はなしだ。なぜなら、これが予定の行動だからである。春休み前に、春休み中は更新しないと思うよと予告してあった。だから、上記の呪文は必要ないのである。

してみると、「半年間更新しない」「1年間更新しない」と予告をしておけば、その予告した時期にブログを再開するのであれば、呪文はいらないということになるな。ふむ。何かおかしい気がするのはおれだけか。まあいい。とりあえずぼちぼちと更新を重ねていきたいと思う。

春休みは子供と遊び、子供と遊び、子供と遊んだ。よく遊んだと思う。コロナをおもんぱかって遠出こそしなかったけれど、毎日のように子供と外に遊びにいった。おかげで自転車の(電動だけど)走行距離だけはやたらに大きくなった。

今日からは通常運転だ。担当学年の成績を伸ばすために、またまた励まねばならぬ。やれやれ。

2022年3月18日金曜日

旧暦2/16 休眠宣言と登山地図

 垂渓庵です。

職場的にはあと少し授業等があるのだけれど、所用が重なることもあり、更新できるかどうか分からない。というわけで、春休み明けまでの休眠を宣言しておく。途中で余裕があれば更新することもあるだろうけれど。

ところで前回の記事、なぜだか行間が広くなってしまっている。どこか変なところをいじってしまったものか。うまく修正できるかなあ。

図書館の除籍本の中に昭文社が出している山と高原地図の古い版が含まれていた。遠方への山行があるたびに自分が買った分は、少し前に当面行くこともなかろうと処分してしまった。が、おれにも多少コレクターの血が流れているのか、目の前に山と高原地図がどさっとあると、ついつい行ったことのある場所を中心に貰ってきてしまった。東北、中部地方、山陰、四国、九州と思えばずいぶんいろんな所に行ったものだ。百名山のうちの20~30座は登ったろう。さて、これから遠方の山行に行くことはあるかなあ。できれば行ってみたいものだ。

2022年3月17日木曜日

旧暦2/15 残念な人

垂渓庵です。

池袋事故の遺族のツイッターに「金や反響目当て」という誹謗中傷がなされたようだ。前から思うのだけれど、ネット環境というものは、個人的な思想、考え、ぼそっとつぶやく独り言、そういうものをいきなり公の場に引っ張り出してしまうところがある。もちろん、SNSへ投稿?しなければ、それらはごく個人的な感懐にとどまる。

飯塚受刑者が池袋で引き起こした事故に巻き込まれた方々、そのご家族は無念なことだろう。その方達に心ない言葉をなげかけるのはやはりよくない。「金や反響目当て」とツイートした方が特定されて相応の罰を受けたとしてもみじんも同情しようと思わない。

しかし、である。SNSに投稿はしなくとも、「お金目当て」というように思ってしまう人がいるだろうことも想像に難くない。でもSNSに投稿はしなかった。その人達と今回ツイッターで直接誹謗中傷してしまった人との違いはなんだろう。

誹謗中傷してしまった人の品性がよろしくないということはあるのかもしれないけれども、違いは想像力の欠如だろう。今回の残念な人は、「金目当て」などという言葉を、不慮の事故で身内や親しい人を亡くしてしまった人に無遠慮に投げかけていいのどうかをみじんも考えなかったのだ。

今回直接気の毒な事故被害者を誹謗中傷した人は、そこまで大事になるとは考えていなかったんだろう。軽薄のそしりを免れないが、今後は是非その旺盛な批判精神を誰に向けるかをよく考えるとよいと思う。個人的にはプーチンさんみたいな、強い立場にあって人を踏みにじって平然としているように思える人を攻撃すればよいと思う。どうだろう。プーチンさんを非難するサイトでも新たに立ち上げればどうか。勇気があれば、だが。

2022年3月14日月曜日

旧暦2/12 プーチンとラスプーチン

 垂渓庵です。

今回のは単なるだじゃれネタだ。いや、だじゃれにもなっていない気がする。極めてくだらないだじゃれ未満の小ネタだけれど、プーチンに対する違和感がもとにないわけではない。

ウクライナの皆さん、ご武運を祈ります。


2022年3月9日水曜日

旧暦2/7 ガタガタ

 垂渓庵です。

 タブレット用の折りたたみ可能な 支持台?を使っている。針金でできているごく簡便なやつだ。持ち運びに便利で重宝していたが、昨日何かの拍子にゆがんでしまった。針金でできている分、変形に弱いのか、ガタガタするようになってしまった。歪みを戻そうと力を加えてみたけれど、力加減が難しくどうにもガタガタがとれない。だれか歪みを取るうまい方法を知らないだろうか。

2022年3月8日火曜日

旧暦2/6 エコー

 垂渓庵です。

 今朝は家を出るのが少し遅くなって、いつもと違う時間の電車に乗った。例によってタブレットでアニメの視聴をしていたので気づかなかったのだけれど、いつごろからか、頭の上から聞こえてくる車内放送が、少し遅れて後ろの方からエコーのように響いてくる。ワイヤレスのイヤホンがの同期がきっちりとれていないような感じと言えばいいだろうか。

気づいてからどうも気持ち悪いなあと思いながら聞くともなく聞いていると、エコーの文言が時々乱れる。なんじゃ? と思い、よく聞いていると、スピーカーを通さない肉声だ。これは、あれだ。車内放送の真似をする人だ。しかし、他の真似をする人とは違い本物の車内放送の再現度がとても高い。もはや芸と言っていい領域だった。私の視野に入る人たちがどうもその音源の人を注視しているようだ。音源の人はたぶん普段はその電車に乗っていないんじゃないかな。いい感じで一日のスタートを切れたという気がした。

2022年2月2日水曜日

旧暦2/2 神仏習合

 垂渓庵です。

 神仏習合という現象がある。簡単にいうと、日本のやおよろずの神様たちを仏教の仏さんや菩薩さんと結びつけて理解しようとする営為のことだ。たとえば、伊勢に鎮座まします「天照大神(あまてらすおおみかみ)」を「大日如来(だいにちにょらい)」と同一視するような理解の仕方を言う。本地が「大日如来」で垂迹が「天照大神」だと言われたりもする。いわゆる本地垂迹思想というやつである。

 ことほどさように日本では仏教と神道とが切っても切れない間柄だった。それは下々の者の意識にまで及んでいたと言っていいだろう。七福神の中には「えびすさん」のようにもともと日本の神様である方もいれば、「弁財天」や「毘沙門天」のように仏教系の神様(?)もいるし、「寿老人」や「福禄寿」のように道教由来らしい神様もいる。「布袋さん」は弥勒菩薩の化身と言われている。七福神、えらいことグローバルじゃないか。

 良くも悪くもそういう習合状態だった神様と仏様を強引に分離しようとしたのが明治時代の廃仏毀釈運動だ。文字通り「仏さんを廃し、お釈迦さまを毀(こわ)」そうとした訳だ。習合状態の神さまと仏さまは、おそらくそのごっちゃになった状態でご先祖様に受け入れられ、血肉となっていたはずなのに。 明治時代がいかにそれ以前と以後とを断絶させたかは、この例を見ても分かる。近代化には必要なことだったのかも知れないけれど。しかし、長い目で見た場合、グローバリゼーションに反していやしないのか?

2022年1月31日月曜日

旧暦12/29 昭和時代

 垂渓庵です。

 1月20日はボボ・ブラジルの命日だった。おれは全盛期のボボ・ブラジルの姿をリアルタイムで知っているわけではない。おれの記憶にある姿は、彼が全日のリングに上がってからのものだ。おそらく全盛期は過ぎていたのだろうが、馬場さんのようにでかくてなおかつ動きが馬場さんとは違ったことをうっすらと覚えている。

この話一つをとっても分かるように、おれは昭和、平成、令和と生きてきたが、記憶に色濃く残るあれやこれやはやっぱり昭和の頃のものだと言っていい。やっぱり若かったし、記憶の定着率もよかったのだろう。

さて、そんな風に「昭和」は今でもおれにとっては生きていてリアルな存在なわけだけれど、ネット上では時に「昭和時代」と表現されることがある。そもそもそんな風に十把一絡げにくくれるのかということはさておいて、「昭和時代」というのはおれにとっては違和感を感じる言い方だ。しかし、「明治」「大正」「昭和」と並べてみると、「昭和」「平成」「令和」という並びの中での「昭和」の位置づけが分からなくもない。もはや時代の趨勢と言っていいのだろう。しかし、違和感がなくなりはしない。「昭和」にご存命だったはずの多くの「明治男」や「明治女」も「明治時代」という物言いに同じような感覚を持っていたのだろうか。軽々しく「明治時代」と言って十把一絡げにしていた自分の不明を恥じなきゃいけないところだ。すいません。おれは誰に謝っているのか。

2022年1月19日水曜日

旧暦12/17 えいやっと

 垂渓庵です。

 年末にブログを一旦停止してからずるずると日数を重ねている。またまたブログ中断の危機に陥っているので、えいやっと更新することにした。

 特にこれといった話題があるわけではないが、スタートしだしている冬アニメにあんまり面白そうなものがないなあと思っていたが、実際に見てみるとそうでもない。ま、その辺の話題については追々と。

 通勤途中でタブレットでアニメを見ているというのは以前書いたかも知れないけれど、さすがに飽きてきた。もちろん視聴は続けるけれど、本を読んでもよいなあと思ってみたり。というわけで、一冊だけ通勤鞄に入れることにした。目崎徳衞さんの『王朝のみやび』である。目崎さんの本は何冊か読んでいるが、肌に合っていると言えばいいのか、面白いと思えるものが多い。そのあたりについても追々と。 

というわけで、今年もよろしくお願いします。

2021年12月21日火曜日

旧暦11/18 さ、寒い

 垂渓庵です。

 なんかここんとこいきなり寒くなってきた。もともと冬ってこんなものだったのか、昔と比べてどうなのか、ちょっと覚えていない。冬の通学途中では水たまりの水が凍ることがあったように思うけれど、今の時期のことだったのか、正月明けから二月にかけての寒気が厳しくなる頃のことだったのか、すべては忘却の彼方である。が、とりあえず寒い。

寒いといえば、小学生の頃、冬に近所の裏山に行った時も寒かったなあ。小川の水が凍ったり、水しぶきが当たるあたりに丸い玉状の氷がいくつも連なってできていたりした。断っておくが、うちの実家はえらいこと田舎ってわけではない。大阪府下、曲がりなりにも大阪平野のはじっこで、大阪市内に出るのに電車で20分もかからないところだ。

今住んでいるところで水たまりの水が凍ってることなどほとんどない。地球温暖化のせいなのか。と、局所的な気象の変化を安易に温暖化に結びつけていいのかどうかも分からない。とりあえず言えるのは「寒い」ってことである。早く帰って風呂入って寝よう。