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2014年9月18日木曜日

旧暦8/25 独立するのか

垂渓庵です。


このところ、ちょっとばたばたしていて、あまり丁寧にニュースや新聞を見ていない。というわけで、スコットランドが独立することになるのか、よく分からない。最近のアンケート調査によると、僅差で反対派が有利だということだったように思うけれど。

文学の世界に目を向けると、スコットランドとイングランドの対立が窺える作品が目につく。

と言うほどいろんな作品を読んでいるわけではないけれど、思いつくものがないこともない。

2014年8月18日月曜日

旧暦7/23 やじろべえ

垂渓庵です。

何やら記事のアップが順調だ。これからもこの調子でいきたいところだが、たぶん無理だろう。

このブログを料理にたとえればどうなるか。と考え込むまでもなく、たぶんごった煮だろう。これは多少こましな記事だろう、と内心得意でなくもない記事もある一方、これはいかがなものか、と思われるものもある。というか、そっちの方がはるかに多い。

ちょっと情けない気もするけれど、それはそれでわたしの一面を形作っていることも確かだ。いたずらに嘆いてもつまらない。

ま、気を落とすことなく、気長に更新を続けよう。つるかめつるかめ。

ところで、何やらきな臭い雰囲気の昨今、原爆記念日や終戦記念日を迎えての番組を見ながら、自分の立ち位置は、と考えてみて気付いたことがある。どうやらわたしは、世の中が右傾化すれば左の方に、左傾化すれば右の方に引かれる傾向があるらしい。今はどちらにひかれるか。考えるまでもなく答えははっきりしている。

というわけで、エルトゥールル号については、当面授業で触れないことだろう。ほんとうは読ませたいところだけれど。石牟礼道子さんや原田良純さんの文章は積極的に読ませよう。フチークにも触れるとしよう。所長の言うカナリヤだな。

というわけで、残念ながらソルジェニーツィンには、しばらく触れないようにします、所長。

2014年4月18日金曜日

旧暦3/19 マルケスが死んだ

垂渓庵です。

さっきガルシア=マルケスが死んだという記事を見た。17日のことらしい。

最初に読んだのは、集英社文庫の「大佐に手紙はこない」だったか。高校生の頃だった。その後、「落ち葉」、「悪い時」、「エレンディラ」と読み進めたのだった。

決して理解できたわけではなかった。いわゆる背伸びというやつである。「百年の孤独」、「族長の秋」と読んでいってすごさがなんとなく分かったというところだったか。

それ以後も新刊が出るたびに読み進めていった。その縁でボルヘスやカルペンティエール、リョサなどなども読むようになった。結局集英社版の「ラテンアメリカの文学」を買うことになったのだった。

マルケスは、やはり「族長の秋」や「百年の孤独」にとどめをさすと思われるけれど、ルポルタージュにも面白い作品がいくつかある。「戒厳令下チリ潜入記」は、 特に印象に残っている。これも読んだのは高校生か大学生の頃だ。

ああ、往事茫々だな。

あの世では、かつてのマジック・レアリズムばりばりの作品をまた書いてほしいと思う。

2013年9月25日水曜日

旧暦8/21 ダブリン新旧

垂渓庵です。

『ユリシーズのダブリン』(写真・松永学 編訳・柳瀬尚紀)という本がある。刊記を見ると、柳瀬さんの『ユリシーズ』(ジェイムズ・ジョイス)訳が出版されだした頃に出ている。出版社も同じなので、ユリシーズブームを狙ったものと思われる。

『ユリシーズ』は、極めて乱暴にまとめると、とある一日、レオポルド・ブルームとスティーブン・ディーダラスのそれぞれがダブリンを彷徨するさまを、さまざまな文体的実験を行いつつ描いたものだ。高校生の頃に、無理矢理丸谷才一さんたちの翻訳で読み通したものの、その後ほとんど手に取らなかった。もはや内容は忘却の彼方で、これ以上詳しい説明なんてできない。

その程度の読者にかかわらず、たまたま古本屋さんで『ユリシーズのダブリン』を見かけて、ぱらぱらと見てみた。柳瀬さんの試訳を読んでも内容は全く思い出せなかったけれど、写真が面白いので買ってみた。

2013年9月18日水曜日

旧暦8/14 エルネスト・サバトと埴谷雄高

垂渓庵です。

一時期、ラテンアメリカの小説を読んでいた。きっかけは、集英社から出版されていた『ラテンアメリカの文学』シリーズ全18冊だ。いや、さらにそのきっかけをたどると、筒井康隆さんや丸谷才一さんの書評にたどりつく。

という話はさておき、その『ラテンアメリカの文学』シリーズに、「英雄たちと墓」というエルネスト・サバトの小説が入っている。狂気に彩られたところのある濃密な小説だ。興味があれば図書館などで探してみて下さい。ちょっと長いけれど。

2013年7月6日土曜日

旧暦5/28 ラファティがきてるのか!?

垂渓庵です。試験のために一日遅れの更新となった。

SFが好きだ。本欄の古い読者ならご存じのことだろう。

小学生のころに学習雑誌に掲載されていたジュブナイルSFを読んで以来のことで、SF大会などに参加したことはないけれど、愛読歴だけはすでにうん十年だ。

けれど、最近のおすすめは? と聞かれると少し困る。 目についたものをぽつぽつ読むぐらいで、最近のSF事情がとんと分からないからだ。

何かで読んだけれど、フェミニストSFなるサブジャンルもあるそうで、サイバーパンクの後あたりから、もう何が何だか分からない。スチームパンクはお気に入りだった。ウイリアム・ギブスンも、ブルース・スターリングも好きだ。ティプトリーも好きだ。ソウヤーも好きだが、ホミニッドの前あたりまでしかフォローしていない。その後が続かないのだ。

2013年6月14日金曜日

旧暦5/6 壁抜け

垂渓庵です。

有栖川有栖さんの短編に「壁抜け男の謎」というのがある。角川文庫の同名の短編集に収められている。なかなかしゃれた小品だと思う。が、それは今は置いておこう。

2012年11月28日水曜日

旧暦10/15 ボルヘスなわたし

垂渓庵です。

さて、『ボルヘスとわたし』だ。と書いても、おおかたの人は何のことやら分からないことだろう。話は二ヶ月以上前にさかのぼる。9月中旬にこんな記事を書いていたのだ。今回はその続きということになる。それにしても、どれだけ間があいているのか。いい加減にも程がある。スミマセヌ。スミマセヌ。

2012年9月28日金曜日

旧暦8/13 己こそ己のよるべ

垂渓庵です。

昔、少林寺拳法を習っていた。小学校から中学にかけての頃の話だ。

2012年9月17日月曜日

旧暦8/2 ボルヘスの私

垂渓庵です。

たぶんあまり一般受けしていない作家にボルヘスという人がいる。いや、いた。アルゼンチン出身の作家だ。フェルディナンド・ホルヘ・ルイス・ボルヘスが正式な名前だったか。あるいは、もっと長かったかもしれない。理知的で幻想的という変わったスタイルの小説を書く人だった。詩人でもあるけれど、スペイン語を解せないわたしには、翻訳で読む彼の詩は正直きついものがある。詩の翻訳は難しい。

2012年7月18日水曜日

旧暦5/29 闇サイト殺人の判決に思う──ヨゼフ・チャペックと死刑を考える

垂渓庵です。

闇サイト殺人の加害者の一人が無期懲役になった。これで、同事件の犯人は、一人が死刑、二人が無期懲役となった。

わたしはこの判決に激しく疑問を感じている。殺害方法を思い起こすと、被害者の遺族の無念はいかばかりかと思われる。

いつもならリンクを張るだけだが、ウィキペディアから殺害状況を転載してみよう。無期懲役で本当にいいのか、これを見て判断してほしいと思うのである。

2012年5月29日火曜日

旧暦4/9 ボートの三人

垂渓庵です。

『ボートの三人男』という小説がある。作者はジェローム・クラプカ・ジェローム。丸谷才一さんの訳で中公文庫に入っている。テムズ川の川遊びに出かけた三人組プラス犬の出会った経験を描くユーモア小説だ(ったと思う)。丸谷さんの違和感のない翻訳で、すいすいと読んでいける本だ。その作品に、以下のような部分があったと思う。


2012年4月13日金曜日

旧暦3/23 再掲 先日脱糞

垂渓庵です。

これは2008年11月に公開した。自分としては面白く思っている記事だ。しかし、Z会の中の人も含めて不快に思う人もいるだろうな。担当さんには好意的なコメントをもらったけれど。そういえば宮下訳の第五巻がなかなか出ないなと思って検索をかけたら、なんと来月発売予定だ。これは忘れずに買わないと。週末は更新を休みます。次は月曜の予定です。


以下本文

かぐわしいタイトルですみません。垂渓庵です。

今日は先日わたしが思わず脱糞してしまった話です。

……。

……。

2012年4月7日土曜日

旧暦3/17 再掲 ハーディと源氏物語

垂渓庵です。

これは2008年9月に公開した。最初に一川誠の番宣をしていたのだけれど、今回は省略した。本文が妙な出だしになっているのはそういうわけだ。
さて、この記事は以前に紹介した「ヴォネガットと斎藤緑雨」に通じるものがあるのではないかと思う。割と自信を持っているネタの一つだ。源氏物語を授業で取り上げる際にも触れたいところだけれど、ハーディの存在自体を知らない生徒に説明するのが結構難しい。というわけで、残念ながら授業中に話すことはほとんどない。年度初めで忙しくなってきた。とりあえず今日の更新はこの一本のみ。

以下本文

垂渓庵です。

さてさて、本題に戻りましょう。どうもここんとこ耽読も翫市もしていないっぽい話が続いてしまいました。またもや看板に偽りありってことになってます。ここらで本のネタをひとつ。

以前から気になっているのですが、19世紀イギリスの小説家トマス・ハーディの小説は昨今どれぐらい読まれているのでしょうか。そう、「テス」や「ジュード」の作者のハーディです。ハイディハイディフレハイディホウの○大ハンバーグじゃありません。

……。ええと、ちょっと気になったので検索をかけてみました。結果はこんな感じです。
この中には英語の教科書版がかなり含まれているようです。英語学習の教材としては別として、今ではあまり読まれなくなっているということでしょうか。かく言うわたしもハーディの小説は短編集をいくつか読んだだけ。実は「テス」も「ジュード」も読んでません。

2012年4月3日火曜日

旧暦3/13 再掲 プロスロギオン

垂渓庵です。

これも2008年8月に公開した。こういうものを読むのは実はあまり嫌いではない。もっとも、日常的に手に取るわけではないけれど。「ユニークな倫理の先生」についての記事は今回は省略したが、ほんとにユニークな人だった。哲学に興味を持つようになったのは、確実にあの人の影響だ。

以下本文

垂渓庵です。

今日は旧暦の七夕です。が、今回はそれに相応しい風流な話題では全然ありません。どちらかというと、暑さを亢進させるような話です。耽読翫市はあなたを忍耐力の限界にいざないます。

旧暦3/13 再掲 異議申し立て

垂渓庵です。

これは2008年8月に公開したもの。ソルジェニーツィンの死を受けて、レギュラー更新ではなく、「臨時便」として公開したのだった。彼のその後に触れるドキュメンタリーが去年BSで放映されていたはずだ。初めて「収容所群島」を読んだ頃は、過去の人という意識でいたが、死ぬ直前まで現在の人であり続けたのだと、そのドキュメンタリーを見て知った。あらためて合掌。


以下本文

垂渓庵です。

本の中にはとても重いものがあります。重量ではありません。内容が、です。あまりにも悲惨な事実を告げるものや、人間性の闇を白日の下にさらすものがいわゆる重い本になるかと思います。

2012年4月2日月曜日

旧暦3/12 再掲 木を植えた男たち

垂渓庵です。

これは2008年6月に公開した。『木を植えた男』はご覧になった方も多いことだろう。『星になったチロ』は、それほどメジャーではないかもしれない。でも、わたしの少年時代の星好きには有名だった。と思う。わたしが見つけたのはこの二つの話のつながりだけれど、世界中にこんな人たちがいるのではないかという気がする。

以下本文。

垂渓庵です。

『木を植えた男』というアニメーションがあります。吹き替え版は三國連太郎さんが語りを担当しています。もとはフランスの作家ジャン・ジオノの短編をフレデリック・バックがアニメ化しました。
ご存じない方のためにあらすじを説明しましょう。

語り手が、徒歩旅行中に木などが生えていない不毛の山地を通りかかりました。その土地に住む人々の心も荒れすさんでいました。そこに一人の羊飼いがいまし た。彼は荒れ果てた大地にたった一人で木を植え続けていました。彼は黙々と木を植え続けたのです。大きな戦争をはさんで、語り手が再びその地を訪れてみる と、そこは木々の生い茂る楽園のような地になっていました。

わたしは大学生のころにこのアニメを見てけっこう感動したのですが、今回はこの作品の魅力について語りたいのではありません。上のあらすじを念頭に置いて、次の話を読んで下さい。

2012年3月30日金曜日

旧暦3/9 再掲 王様──・エピグラフ

垂渓庵です。

これも2008年3月に公開した。ローレンツには一時はまった。日本で出版された彼の本は、全てとは言わないまでも、かなりのところまで持っている。フリッシュも同じ。ティンバーゲンの本は漏れがいくつかある。今となってはどれも内容的には古いのだろうが、読み物としては面白いと思う。それにしてもエビピラフとは極北級のだじゃれだなあ。

以下本文

垂渓庵です。

前回はエピグラフについて少し考えてみました。あまり感心しない例しか作ることができませんでしたが(--)今回は口直しにかっこいいエピグラフをご紹介しましょう。とりあげるのは、コンラート・ローレンツの著作です。

ローレンツは前世紀に活躍した動物行動学者です。今や過去の人になりつつありますから、ご存じない方も多いかも知れません。あるいは、『ソロモンの指環』あたりを懐かしく思い出すとか。二十数年前には、彼の本も何冊も出ていたのですが。

あのころはまだ時おり新刊も出版されていました。それが今ではこんな感じです。などと慨嘆していても仕方がありません。先に進みましょう。彼については、ひよこなどの刷り込みを発見した人と言えば、どんな人か多少はイメージしてもらえるでしょうか。

2012年3月28日水曜日

旧暦3/7 再掲 直球勝負3 未来の記憶

垂渓庵です。

これは2008年10月に公開した。この文章を最後に本シリーズは中断してしまった。まだまだ書きたい作家さんは何人もいる。今後、本欄で書き継いでいけたらと思う。そういえば、ホーガンも去年亡くなっているのだった。合掌。「わたしの文庫」の記事というのは、今回は省略してある。

以下本文

垂渓庵です。

好きな作家の第三弾です。

わたしはSF好きです。

今を去ること三十うん年前、幼少の砌のわたしが通う小学校の図書室には、SFを含む児童書のシリーズがいくつかあったようです。「くいしんぼうのロボット」や「生きている首」「合成怪物」などなどを読んだことを覚えています。

「くいしんぼうのロボット」は、ふるたあかねという少女が妙な世界に迷い込み、「ネカアタルフ」という名前になって活躍するという話でした。「合成怪物」は、脳だけにされた男が実験室で視覚や聴覚を持ったグロテスクな人工生命体を作り、陰謀をめぐらす組織の邪魔をしようとする話です。「生きている首」は「ドウエル教授の首」というベリャーエフの長編のジュブナイル版だったんでしょうか。文字通りドウエル教授の首から上が科学の力で生かされているという話です。

旧暦3/7 再掲 直球勝負1 チェコの良心

垂渓庵です。

これは2008年2月に公開したもの。それまで公開した記事では本について変則的な形で述べるものが多かった。たまにはストレートに好きな作家について書いてみようと思って、「直球勝負」という名前をつけた。シリーズ化してはみたものの、「定信ったら」ほどには回を重ねられなかった。というわけで、今日はシリーズの全四本公開の予定。

以下本文

垂渓庵です。

本に関する話題をいくつか取り上げてきましたが、好きな本や作家をストレートに紹介するということをあまりしていませんでした。ここらでお気に入りの作家を何人か紹介してみることにします。今回はカレル・チャペックです。