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2021年12月23日木曜日

旧暦11/20 アンソロジー

 垂渓庵です。

 現代川柳を概観する上でよい本が出版された。『近・現代川柳アンソロジー』(桒原道夫、堺利彦編 新葉館出版刊)だ。

『川柳カード』みたいな先鋭的な雑誌にもきちんと目配りをした選がなされていて、現代俳句の尖ったところともいい勝負ができるような作品が集まっている。すげえ。

後書きにもあるとおり句本意の選句がなされているようで、さもありなんという人が選ばれているなあと思える一方で、あれ、この人入ってないのというようなことも起こってくる。おれにとって意外だったのは大西泰世さんが入っていないことだ。そんな目で見るのもこのアンソロジーの楽しみ方の一つと言っていいだろう。この一冊が触媒となっていろいろな人にいろいろな思いを抱かせるということになっていくのではないか。

 おれとしてはこのアンソロジーがきっかけとなって世の中に川柳のアンソロジーのブームが起きるといいなと思う。それはともかく、少なくともこれが近・現代川柳の見取り図であり、一つの到達点を示していることは確かだろう。我々はここから進まなければならないのである。と思わず力こぶの入った書き方になってしまった。
 

2021年11月5日金曜日

旧暦10/1 リハビリ句作

 垂渓庵です。

 久しぶりに句作してみた。本当に久しぶりなので作り方を忘れてしまった。2時間あまりの間にできたのが35句ほど。早吟というやつである。箸にも棒にもかからないものばかりだけれど、とりあえずこんな感じ。

お出合いあれくせものGが殿中に
駅員に息巻く女訛りある
飴色のひがんでいるはさくら色
ルーチンでないことをしてみようかな
ありがとう付箋に書こう丁寧に
非常ベル押したいそんな午後でした
泣きべそをかいたマリモを撫でてやる

だからどうしたという句ばっかりだ。いかぬいかぬ。今後もリハビリが必要だなあ。というか、落ち着いて句を作る時間を作れるかどうか。まだ無理なような気もするなあ。


2021年10月27日水曜日

旧暦9/22 何のため

垂渓庵です。

以前、とある依頼を受けて書いていたのとは違い、このブログは書くのも自由だし書かないのも自由だ。事実、この何年かはほとんど休止状態だった。それがここ一週間ほどほぼ毎日更新している。

ここらあたりの心の機微はどのようなものなのかと思う。単に時間があるからと言うので説明できない何かがあるような気もする。それについて思い出すのは先年退職された職場の先輩のK原さんのことだ。K原さんは大学、高校のころから川柳をやっておられる。しかし、わたしがこの職場に奉職したころはそんなことを全然知らなかった。一時期活動を休止されていたのだ。

休止の期間は、十数年に及ぶ。その間にK原さんのお子さんは成長し、独り立ちされている。どうもK原さんは子育てに手を取られる期間、川柳の活動を休止されていたっぽいのだ。自覚してのことかどうかはわからない。その間さんざん飲み歩いていた──それは私が証人だ。というか、一緒に飲み歩いていた張本人だ──から、時間がなかったわけではないのだろうが、川柳という一種の創作活動を子育ての合間に行うのは、難しかったのではないかと思う。 

このブログがほぼ休眠状態だったのもそんな関係があるようにも思う。吹けば飛ぶようなブログとはいえ、継続して書くにはある種浮世離れした時間が多少は必要となる。その時間というか余裕というか、そんなものをとれないままになっていた、というのがこのブログの休止の理由なのではないかと思ってみたりする。ま、いいわけだけど。

2014年6月9日月曜日

旧暦5/12 句を作らせる(改訂版)

垂渓庵です。

以前から機会があるごとに生徒に川柳を作らせている。国民文化祭や全日本川柳大会などだ。

今年の国民文化祭にも生徒に作らせ句を出句することにした。小中学生の事前投句の題は、「米」「渡り鳥」「自由に作る」だ。

以前からの傾向を見るに、ご当地の名物とからませた題が出されることが多いように思われる。しかし、米離れの言われる中での「米」という題は、生徒には厳しいものとなったようだ。

というか、ご当地にちなむ題だというので、無理矢理「田園風景のなつかしさ」だの、「米の飯のすばらしさ」だのを詠む句が多かったように思われる。生徒に聞くまでもなく、あからさまに嘘だ。

ま、虚構は人間にしか作り出せないわけで、そういう意味では彼らは人間的に振る舞っているといえるわけだ。とへりくつをこねてみたところで、やっぱり彼らに嘘を強要しているわけで、こんなことでいいのかと思わないでもない。

2013年11月11日月曜日

旧暦10/9 川柳と俳句の違いについて・試論

垂渓庵です。

川柳を作り始めてそろそろ三年が経つ。いっこうに上達しないけれど、ふだん時々考えることがある。川柳と俳句の違いは何だろう、と。

川柳を作らない方の多くは、俳句には季語と切れ字があって、川柳にはない、とか、俳句は何やら文学的なところのあるもので、川柳はサラリーマン川柳的な卑俗なもの、というように考えておられるのではなかろうか。

2013年8月21日水曜日

旧暦7/15 さてどうなるかな

垂渓庵です。

今年は担任を外れており、割とゆっくり夏休みを楽しんでいる。

虫取りをしたり、一泊の小旅行に出かけたり、その他諸々である。

2013年8月2日金曜日

旧暦6/26 またもや近作

垂渓庵です。

ここんとこ、川柳を順調に投句できている。というわけで、今月の近作を紹介しておこう。

2013年7月1日月曜日

旧暦5/23 近作・またまた

垂渓庵です。

またまた近作を紹介しよう。これはわりととれとれのもので、ごく最近某所で選んでいただいたものだ。

2013年6月24日月曜日

旧暦5/16 続近作

垂渓庵です。

某所で句を選んでいただいて足かけ三年。この半年ばかりは句を作る頻度が落ちている。高三の担任をしていてやたらに慌ただしかったことが大きい。

今年は四月から担任を外れたけれども、どうも昨年度後半の流れを引きずって、句を作ることが少なかった。いかんいかん。というわけで、そろそろ句を作るペースを元に戻そうと考えている。

2013年6月21日金曜日

旧暦5/13 近作

垂渓庵です。

以前書いたことがあるように、最近川柳を作っている。足かけ三年になるだろうか。一ヶ月の内で数日作るというようなペースなので一向に上達しない。風流生活を送っている大学の先輩とは大違いだ。

2012年9月12日水曜日

旧暦7/26 自解自注

垂渓庵です。

昨日紹介したように自分の作った句を時々紹介しているが、その際につけるコメントがなかなかに難しい。

2012年9月10日月曜日

旧暦7/24 近作

垂渓庵です。

久々に川柳の近作を紹介しよう。某誌の最新号にとられたものだ。締め切りの関係で、作ったのは二ヶ月近く前になるのだけれど。


2012年6月28日木曜日

旧暦5/9 精進精進

垂渓庵です。

今も川柳の句作りを続けている。わけが分からぬままに作り続けているところだ。決して川柳の王道に連なる作品ではないけれど、それでいいのではないかと思っている。好むところをちまちまと行く。読書傾向と似ているかもしれない。

と もかく、何かを生み出すのは面白い。受検関連の教材作りをさせてもらうのも、そんな面白さが動機の一つにある。面白くて幾許かの収入にもなるのだから一石 二鳥だ。いや、そこで工夫したことは授業でも応用できるから、一石三鳥かもしれない。と言う割には締め切りが守れずに編集さんにご迷惑をかけてしまうこと があるのはどういうわけだろう。

閑話休題。川柳の話だった。某所に投句したものが今回も何句かとられていた。というわけで、久々に川柳の近作を紹介しよう。

2012年4月12日木曜日

旧暦3/22 新作

垂渓庵です。

さて、ブログの場所を移しての一発目の記事だ。更新回数の縛りがなくなった分、更新が不定期にならないように気をつけようと思う。

今回は某所に発表した新作の川柳を紹介しよう。川柳作りを始めてすでに一年半になろうとしている。あるいは、まだ一年半か。どちらにしてもまだまだ修行中だ。精進精進。

2012年4月4日水曜日

旧暦3/14 再掲 ブーム到来?

垂渓庵です。

これは今年の2月に更新したもの。ごく最近の記事だ。この困った人の作品が近々発行される雑誌にどのような形で載るのかは不明だ。載らなくてもいいのではないかと思わなくもない。わたしの作品は相も変わらず川柳らしくないけれど、下に載せたタケトさんの句と比べれば屁でもない。やはりタケトさんはすごい。


以下本文


垂渓庵です。

また文体をいじってみよう。

同僚の間で川柳ブームが到来しつつある。新たに何人かが川柳を始めそうなのだ。超局地的で小規模ではあるが、あえてブームと言いたいと思う。

大学の先輩で同僚でもあるKさんは、学生の頃から句作を続けている。御年五十余歳にして柳歴すでに四十年。仕事をリタイアするあたりから句を作りだす方が多い中、川柳界では若手に属するのだが、すでに大ベテランである。現代川柳界の巨人橘高薫風に師事したその句は精妙不可思議。川柳とはこんなものという先入観を軽く打ち壊す句を作る人だ。次代のホープと言っていいだろう。

旧暦3/14 再掲 年が明けたとスマヌスマヌと川柳

垂渓庵です。

これは今年の1月に公開したばかりだ。 やはり句のわけのわからなさは健在だ。「水たまり」の句は類想句をどこかで見たような気がしてずっと気になっている。どこでだったんだろうか。句作りを続けていくといずれまた似たようなことがあるんだろうな。

以下本文

垂渓庵です。

年が明けた。去年を総括してみるに、修学旅行や体調不良などで後半がけっこうきつかったかもしれない。ブログの更新も不定期になってしまったし。修学旅行も終わり、体調も戻ったので、今年はぜひそんなことがないようにしたいと思う。

それと、去年の年末の記事が書きかけのままでアップされてしまっていた。スマヌスマヌ。記事を完成させて再アップしました。よければ御覧下さい。

さて、先月某所に掲載された川柳をお目にかけよう。

旧暦3/14 再掲 近作

垂渓庵です。

これは去年の11月に公開した。一連の修学旅行の記事というのは今回は省略。いつか機会があれば紹介したいと思う。修学旅行は主担だったため、帰阪後どうも脱力感がなかなか抜けなかった。というわけで、若干お茶を濁した的な記事になっている。

以下本文

垂渓庵です。

以前書いた川柳の句作り。まだしこしこと継続中だ。

先週一連の記事にした修学旅行中にも多少は作った。今回はそれをご紹介しよう。と言っても、なかなか落ち着いて句を作る時間をとれなかったので、数は少ない。

サトウキビ富士の樹海よりも深し

あるだけの花で飾らん壕の中

今日だけは横死した人によりそわん

壕の闇ケースに入れて持ち帰る

壕の闇死者の悲しみ荘厳す

仰ぎ見る青空闇の残滓あり

スーサイドクリフ陽光のもとただ静か

語り継ぐひめゆり身じろがぬ生徒

平和学習の後、ホテルで作った句だ。サトウキビの句のみ浮いたような感じになっているが、これは宮古島での実感を句にしたもの。あとは平和学習を踏まえた 句だ。生徒の身に成り代わった感じか。宿泊行事中に詠んだものはそうなることが多い。もう少し時間をおいて、旅行を振り返る句を作ってみようかな。

旧暦3/14 再掲 残念!

垂渓庵です。

これは去年の9月に公開した。正直に言ってベスト20に残ったのは予想外だった。変化球を一つぐらい混ぜておいてもいいか、というようなことだったのではないかと想像している。何にしても一区でも多くを選んでもらえるように精進精進。二本立てのもう一本は省略。月4本のノルマをクリアするための苦肉の策だったと思う。


以下本文

垂渓庵です。

今日は二本立てでいってみたいと思う。

ちょっと前に書いたように思うけれど、おれは最近毎月とある柳誌に川柳を投句している。こないだ年間に投句した自分のベスト五句を選んで送るコンテストみたいなのがあった。

旧暦3/14 再掲 柳人気分

垂渓庵です。

これは去年の6月に公開したもの。こうやって自分の作った川柳関係の記事を集めて眺めてみると、やっぱり変な句を作っているなあと思う。川柳誌を眺めてみても、いわゆる川柳のイメージを逸脱した句を作っている人はそれほど多くはない。いつもいいのかなあと思いながら投句している。

以下本文

垂渓庵です。

最近、川柳を作っている。と言っても、以前から機会あるごとに作ってはいた。が、それはスペシャルな取り組みだった。引率で宿泊行事に行ったり、生徒に川柳大会の応募用の句を作らせる際についでに作ったり、と。ここのところの作句は違う。某誌に投句するために、毎月定期的に句を作っているのだ。気分は柳人である。

それで上達したかというと、?だけれど、句を作るのはけっこう面白い。数ヶ月の間に延べで百句以上は作ったろう。その中で、幸いなことに某欄に採用された句をいくつか紹介してみよう。

旧暦3/14 再掲 旅中吟?

垂渓庵です。

これは2009年3月に公開した。この時は本格的に句を作るというよりは、試しに作ってみたという感じだ。スキー合宿は、教員の待機時間がやたらに長い。そのつれづれに少し遊んでみたというところか。薫風さんの作品の後に自作を並べるのは気が引けるけれど、勢いで紹介してしまうことにする。スキー合宿の様子を書いた記事は今回は紹介を見送った。いずれ機会があればここに紹介してもいいかと考えている。


以下本文

先週から今週にかけて引率でスキーに行ってきました。

寒かったです。

グレゴール・ザムザならぬミズコール・サムサでした。

という極北級のギャグよりも寒かったです。