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2015年1月21日水曜日

旧暦12/2 勉強した!

垂渓庵です。

大学を出てはや20年以上。今や根を詰めて勉強することはない。よくないことだとは思いつつも、要領よく授業準備をやり、その時々に思いついたことを少し掘り下げる、というような感じで日々を過ごしている。

例外的に少し手間をかけて勉強したのが、「古文を訳させるにはシリーズ」の授業のための予習だ。もはや去年のことになる。

今回は、次の段階として予定している「歌物語を読ませるシリーズ」「和歌を読ませるシリーズ」のための勉強だ。

2013年2月11日月曜日

旧暦1/2 年の内に春は来にけり、だ!

垂渓庵です。

今日の旧暦を入力していて気
がついた。今年は、「年の内に春は来にけり」だったんだ。ネットで検索をかけてみると、多くの人が気づいていたようだ。迂闊なことにわたしは気づいていなかった。いかぬいかぬ。

ピンとこない人のために解説をしておこう。

2012年3月29日木曜日

旧暦3/8 また来週と和歌はわからん4

垂渓庵です。

これは元サイトと同日公開だ。くどいようだけれど、あくまでも元のブログの更新が今日で終わりなのであって、今日で本ブログが終わるわけではない。本ブログのみの特典──ほんとうに特典か?──として、「和歌はわからんシリーズ」の新作を併載した。お楽しみいただければ幸いだ。なお、今日は30分刻みで「和歌はわからんシリーズ」全4本をコメント付きで順に公開した。そちらもお楽しみいただければと思う。

以下本文

垂渓庵です。

さて、今回でこのブログも最後の更新となった。思えばまる五年、好きなことを書き連ねてきた。時にはZ会的にはいかがなものかと思われる記事もあったことだろうが、思うままに書かせていただき、感謝の言葉もない。

昨日も書いたように、今後は、「耽読翫市─もと太鼓打ちのブログ」に活動の場を移すが、毎週木曜日の記事の更新をめざしたいと思っている。これまで同様ご愛顧を賜ることができれば幸いだ。というわけで、さようならとは書かない。

最後にトリッキーな別れの和歌を一首ご紹介しよう。「和歌はわからん4」だ。

旧暦3/8 再掲 和歌はわからん3──続・思ふ人思はぬ人を思ふ人

垂渓庵です。

前回の和歌、解釈はできたかな。

ではさっそく読解、いってみようか。
まずもう一度和歌を見ておこう。

思ふ人侍りける女に物のたうびけれど、
つれなかりければ遣はしける  
思ふ人思はぬ人の思ふ人思はざらなん思ひ知るべく

詞書によれば、好きな男のいる女にアタックしてつれなくされた男が、さらにその女に贈った歌だった。

では、和歌の解釈。

旧暦3/8 再掲 和歌はわからん2──思ふ人思はぬ人の思ふ人

垂渓庵です。

これは2010年8月に公開した。それにしてもわかりにくい歌だ。こういう歌を解釈するのは嫌いではないけれど、時に面倒になる。この時も気持ちが折れそうになった。結局記述を二回に分けることになった。挙げ句の果てに元国語力研究所所長に難しすぎると言われてしまったのだった。むう。

以下本文

 垂渓庵です。

満を持して始まった「和歌はわからん」シリーズ。

ちまたの受けはいいのか悪いのか。

今時、和歌なんて流行らないんじゃないかとは思うけれど、自分の興味の赴くままに突っ走るのが快感であったりもする。

というわけで、時代の流れとは無関係に、第二弾、とりあえず、いってみようか。

旧暦3/8 再掲 和歌はわからん1──音にのみきくのしらつゆ


垂渓庵です。

これは2010年7月に公開した。授業でもよく使うきわめて技巧的な歌だ。それにしても、和歌の説明は難しい。意を尽くそうと思うと、どんどん記述が増えてしまう。

以下本文

垂渓庵です。

いよいよスタートした「和歌はわからん」。

はたしてどんな塩梅になるのか。

実はわたしが一番心もとなかったりする。

とりあえず、いってみようか。

さて、栄光の第一回はこの歌。

旧暦3/8 再掲 和歌はわからん0──前口上

垂渓庵です。

これは2010年7月に公開した。シリーズを始めるに当たっての前口上だけれど、最初の和歌はわからんの記事が間に合わなかったための苦し紛れだったような気がする。いかぬいかぬ。

以下本文

垂渓庵です。


「定信ったら」シリーズで江戸随筆に切り込み、「直球勝負」シリーズで現代文学を鋭くえぐる耽読翫市が、満を持して放つ新シリーズ! その名も「和歌はわからん」。

えーと、いきなり位負けしているようなシリーズ名ですが、文学史の王道たる和歌とがっぷり四つに取り組む本格的な和歌講釈シリーズとなる、はずです。

和歌の解釈はなかなかに難しいもの。そのためか、大学入試でも和歌そのものを正面から取り上げて出題されることはあまりないように思います。せいぜいが紀行文や物語文に出てくる和歌が、本文との関連で問題になるくらいでしょうか。

そんな和歌ですが、江戸時代ぐらいまでは、文学史の第一等の座を占め、連綿と作られ続けてきました。そこには厖大な詩的蓄積があります。それを知らずに終わってしまうのは、あまりにもったいない。マータイさんもがっかりです。

というわけで、和歌の面白さを少しでもお伝えすべく、当ブログでも上記シリーズを始めることにした次第。近々第一回をお送りできるかと思います。

どこまでうまくいくかはわかりませんが、乞うご期待。

あ、ひょっとしてZ会的にはおれにそんな内容のブログを求めてたのか? 気づくのが遅すぎだろ(--)

2012年3月16日金曜日

旧暦2/24 再掲 字余り その3の2─謎解き

垂渓庵です。

この記事の公開も2007年7月。最近の記事ではここまで手間をかけて調べ物をしていなかった気がする。いかんいかんう。字余りについてはまだ書きたいことがあるけれど、もう一度例にあたりなおしてきっちり仕上げる時間がなかなかとれない。

和歌の句中に単独母音が表れる場合も同様の傾向というか原理というかが働くのだと考えれば、特に古い和歌において字余りを生じている場合には高い確率で句中に単独母音が含まれているわけも理解できるのではないかと思います。さらに言うと、字余りが生じていても母音が一つ消えるわけですから、口に出して発音する場合には、字余りになっているけれども、音余りにはなっていないのではないかと考えることができます。

旧暦2/24 再掲 字余り その3の1─謎解き

垂渓庵です。

これは2007年6月に公開した。字余りが規則的に生じる理由を説明したものだ。こういうことを考えるのはやっぱり面白いと思う。このへんは大学院でモウリ先生の授業に出て勉強したのだった。そうだ、宿題が残ったままなのを思い出した。むう。

時間がとれず意外に手間取ってしまいましたが、やっと解説までたどりつけました。

古い和歌で字余りが生じている場合、句の途中に「あ」「い」「う」「お」があるという点まで書いていたかと思います。もう一度いくつか百人一首の例歌を確認しておきましょう。

旧暦2/24 再掲 字余りの答え

試験期間前でなかなか更新のためのまとまった時間をとれません。とりあえず答えをアップしておきます。その意味づけなどについては近日中に書きたいと思いますすいません

詳しく述べようと思うと、日本語の音韻の歴史などについても触れないといけなくなり、いずれにしても手に余ることになりそうです。でも、答えだけを示してそれで終わりというのではあんあんまりですよね。わたしが読み手なら消化不良でとても気持ちが悪くなります落ち込み試験終了後にがんばってみます笑顔

さて、正解は以下の通りです。

旧暦2/24 再掲 クイズ─字余り

垂渓庵です。今日は4本公開の予定です。

学生の頃は比較的真面目に勉強していた。 ここに紹介する記事もその頃仕入れた知識がもとになっている。あわただしいとどうしても更新が不定期になるのは今も同じだ。できるだけなくしていきたいと思っているのだけれど。

以下、本文

和歌には字余りという現象があります。五七五七七の五句、計三十一文字で形作られるのが普通の和歌。それが時に六七五七七や五八五七七のように、五文字の句が六文字に、七文字の句が八文字になったりします。
たとえばこんな具合です。

2007年6月6日水曜日

字余り その3の2─謎解き

字余りについての説明を続けてみよう。ちょっと難しいかもしれないけれど、我慢してついてきて下さい。

字余り その3の1─謎解き

時間がとれず意外に手間取ってしまいましたが、やっと解説までたどりつけました。

古い和歌で字余りが生じている場合、句の途中に「あ」「い」「う」「お」があるという点まで書いていたかと思います。もう一度いくつか百人一首の例歌を確認しておきましょう。

まずは小野小町の歌です。

2007年5月23日水曜日

字余りの答え

試験期間前でなかなか更新のためのまとまった時間をとれません。とりあえず答えをアップしておきます。その意味づけなどについては近日中に書きたいと思いますすいません

詳しく述べようと思うと、日本語の音韻の歴史などについても触れないといけなくなり、いずれにしても手に余ることになりそうです。でも、答えだけを示してそれで終わりというのではあんあんまりですよね。わたしが読み手なら消化不良でとても気持ちが悪くなります落ち込み試験終了後にがんばってみます笑顔