2012年4月4日水曜日

旧暦3/14 再掲 ブーム到来?

垂渓庵です。

これは今年の2月に更新したもの。ごく最近の記事だ。この困った人の作品が近々発行される雑誌にどのような形で載るのかは不明だ。載らなくてもいいのではないかと思わなくもない。わたしの作品は相も変わらず川柳らしくないけれど、下に載せたタケトさんの句と比べれば屁でもない。やはりタケトさんはすごい。


以下本文


垂渓庵です。

また文体をいじってみよう。

同僚の間で川柳ブームが到来しつつある。新たに何人かが川柳を始めそうなのだ。超局地的で小規模ではあるが、あえてブームと言いたいと思う。

大学の先輩で同僚でもあるKさんは、学生の頃から句作を続けている。御年五十余歳にして柳歴すでに四十年。仕事をリタイアするあたりから句を作りだす方が多い中、川柳界では若手に属するのだが、すでに大ベテランである。現代川柳界の巨人橘高薫風に師事したその句は精妙不可思議。川柳とはこんなものという先入観を軽く打ち壊す句を作る人だ。次代のホープと言っていいだろう。



そのKさんの大先輩が板尾岳人さんだ。御年八十歳。板尾創路さんのお父さんでもあることはすでにどこかに書いた。この人の句も実に不可思議なものが多い。先日は、

創立八十周年記念日

という衝撃的な句を発表された。八十歳の誕生日をこんな句で飾るとは…。驚異である。デュシャンの泉に匹敵する句ではあるまいか。二番煎じがきかないという意味でも。ところで、この句はどこで区切ればいいのだろう。

そんな岳人さんやKさんに感化されて、わたしが定期的に句を作るようになったのがおととしの10月のこと。それから1年あまり経つ。お二人の影響か、わたしの句の嗜好も偏りを見せている。目指すは川柳界の岡本太郎。あるいは攝津幸彦。

などと書くと不遜の極みだが、なんじゃそら、という句を作りたいという思いは強い。もちろん、普通の句を作れるようになりたいという思いもある。今は両様の句を自在に作れることを目指して奮闘しているところだ。

というわけで、ついでに近作を載せておこう。

叱られて靴べらみたいな舌を出す
獅子舞の口が呑みこむ定期券
茶を飲んで湯飲みの底に降りてゆく
心経を口ずさみつつ蟻つぶす

「なんじゃそら」寄りの作品ばかりになってしまった。「心経」は般若心経のことだ。あとは見たままの句である。リアリティがないと叱られそうだが、自分の中では十分にリアルな手触りのある句ばかりだ。蟻にも手触りはあるのです。

さて、本題に戻ろう。わたしも句を作るようになった関係で、Kさんと川柳について話すことが多くなった。当然他の同僚が話に加わる機会も増える。必然的に川柳を作ってみませんかとすすめることにもなり、「じゃあちょっと」と言う人がぽつぽつと出てきたというわけだ。

川柳を作る人が増えるのは嬉しいのだけれど、中にはちょっと困った人もいる。川柳誌に投句する際に、最低掲載句数分の句しか送らなかったり、奇妙な匿名希望のリクエストをしたりする人たちだ。

最低掲載数しか句を送らなかった人の言い分は、人に自分の作ったものを取捨選択されたくないから、というものだ。ぎりぎりの句数なら全部載るだろうと考えたみたいだ。子どもじゃあるまいし、ちょっとどうかと思わないでもない。

確かに自信を持って作った句がとられないこともある。そんな時はなぜだと思ったりもする。しかし、選を受けて勉強することも多い。また、初心者の作った句がいきなり全部水準を超えるというのも考えにくい。というわけで、規定投句数送られてきた句の中から選者さんがましな何句を拾い上げるという作業が、暗黙の了解事項として行われているわけなのである。それをはなから無視するというのもいかがなものだろうか。

匿名希望のほうは気持ちが分からなくはない。気恥ずかしいのはお互い様だと思うからだ。と思ったのだが、よく聞いてみると、一緒に川柳を始める他の人たちにも匿名にしたい、いや、自分が句を作っていること自体を秘密にしたいということらしい。やはり、気持ちは分からない。何にこだわっているのか知らないけれど、これもやはりいかがなものだろうか。職場で川柳の話をしにくくなるじゃないか。

組織の規模が大きくなると小回りがきかなくなるものだが、わたしの職場の川柳界は、規模が大きくなると勝手に空回りしてしまう人が増えるようだ。残念と言う他はない。致し方ないので、ブームが去るまでじっとしていようと思う。

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