2021年11月5日金曜日

旧暦10/1 リハビリ句作

 垂渓庵です。

 久しぶりに句作してみた。本当に久しぶりなので作り方を忘れてしまった。2時間あまりの間にできたのが35句ほど。早吟というやつである。箸にも棒にもかからないものばかりだけれど、とりあえずこんな感じ。

お出合いあれくせものGが殿中に
駅員に息巻く女訛りある
飴色のひがんでいるはさくら色
ルーチンでないことをしてみようかな
ありがとう付箋に書こう丁寧に
非常ベル押したいそんな午後でした
泣きべそをかいたマリモを撫でてやる

だからどうしたという句ばっかりだ。いかぬいかぬ。今後もリハビリが必要だなあ。というか、落ち着いて句を作る時間を作れるかどうか。まだ無理なような気もするなあ。


2021年11月1日月曜日

旧暦9/27 栗?

 垂渓庵です。

気づけば木の葉の色が変わってきている。教科室と教室の間にある木もずいぶん葉を落とした。かっこよく季節の感懐などを書こうというわけではない。単に、教科室と教室の間の葉っぱがなくなると、随分見通しがよくなってしまって教科室が教室から丸見えになってしまうのが困るというだけのことだ。もちろん見られて困ることをやっているわけではない。ないが、そこはほれ、居眠りをしていたり、飯を食っていたり、はなをほじっていたり、いろいろするじゃないか。はなをほじるのは見られたら困るのか。

ところで、娘が栗拾いに行きたいという。遠足で落ちている栗の実を見かけたらしい。そんなに遠くではなかったので娘が言う場所に行ってみた。幸いというか何というか、今年の遠足先はけっこう近くだったのだ。で、行ってみてびっくり。栗の実などない。見事にない。ついでに栗の木もない。「なんですとぉ」と声を上げたりはしなかったが、狐につままれたような話である。しかし、娘はあったと言う。嘘を言っている訳ではなさそうだし、あたりをしばらく探してみてわかったこと。

・栗ではないが似ていないこともない木の実ならあった。

・以前植物園で見たなんとかフウという木の実に似ていた。

・それを踏まえてあたりの木を見渡してみると、なんとかフウに似た木が生えていた。

・その木は栗に似ていないこともない木の実をたくさんつけていた。

以上から推して娘はその木の実を栗の実と勘違いしたらしい。そもそも栗の旬は9月下旬らしい。なんというか無駄足に終わったようにも思うが、娘とあちこち出歩くのは楽しいので、まあよしとしておくか。 しかし、栗の実ぐらいは見分けがつくようにしてやらないといけないかな。今年は無理っぽいけど来年は実物を見に連れて行ってやろう。その頃娘がおれの相手をしてくれるなら、だけど。

2021年10月27日水曜日

旧暦9/22 何のため

垂渓庵です。

以前、とある依頼を受けて書いていたのとは違い、このブログは書くのも自由だし書かないのも自由だ。事実、この何年かはほとんど休止状態だった。それがここ一週間ほどほぼ毎日更新している。

ここらあたりの心の機微はどのようなものなのかと思う。単に時間があるからと言うので説明できない何かがあるような気もする。それについて思い出すのは先年退職された職場の先輩のK原さんのことだ。K原さんは大学、高校のころから川柳をやっておられる。しかし、わたしがこの職場に奉職したころはそんなことを全然知らなかった。一時期活動を休止されていたのだ。

休止の期間は、十数年に及ぶ。その間にK原さんのお子さんは成長し、独り立ちされている。どうもK原さんは子育てに手を取られる期間、川柳の活動を休止されていたっぽいのだ。自覚してのことかどうかはわからない。その間さんざん飲み歩いていた──それは私が証人だ。というか、一緒に飲み歩いていた張本人だ──から、時間がなかったわけではないのだろうが、川柳という一種の創作活動を子育ての合間に行うのは、難しかったのではないかと思う。 

このブログがほぼ休眠状態だったのもそんな関係があるようにも思う。吹けば飛ぶようなブログとはいえ、継続して書くにはある種浮世離れした時間が多少は必要となる。その時間というか余裕というか、そんなものをとれないままになっていた、というのがこのブログの休止の理由なのではないかと思ってみたりする。ま、いいわけだけど。

2021年10月26日火曜日

旧暦9/21 雨が降っている

垂渓庵です。

昨日は一日冷たい雨が降っていた。ところで雨粒はどんな形をしているのだろう。答えは肉まんに近い形らしい。ネットというのは便利なもので、ちょっと検索するだけですぐに答えが出てくる。 

ところで雨はイラストでどんな風に表現されているのだろうか。これも答えを確認するのは簡単で、「雨 イラスト」とでも入力して検索すればいい。ただ、こちらの答えはちょっと複雑で、水滴様のもの、線状のもの、点線状のもの、水滴が線状に連なったものなど、いくつかのタイプに分けることができる。が、上に書いた実際の雨粒の形が基本肉まん型らしいのに比して、ちょっと変わっているということができる。

古典では激しい雨のことを「車軸の雨」と表現することがある。車軸のように太く長い雨が降っていて、雨脚が強いということを言う言葉らしい。

雨粒は実は肉まん型だと言われても、感覚的には線状のイラストあるいは「車軸の雨」という表現の方が感覚的にぴったりくる場合があるように思う。激しい雨については、線状にというか棒状にというか、そんな風にある程度の長さを持ったものとして降るというイメージを抜き去りがたい。少なくとも私には。

これは降り来る雨粒を雨粒として捉えきれない我々の分解能の限界によるのかもしれないが、 そのように、我々が現実をそのまま切り取っていると思い込んでいる「事実」が、実は現実を正しく反映していないことがいくつもあるのだろうと思う。

ということを昨日の雨のつれづれに考えた。 暇人かおれは。

2021年10月25日月曜日

旧暦9/20 四季? 二季?

おとついは少しゆがんだ丸になった月がぽっかりと空に浮かんでいた。当然昨日も日中よく晴れていて、全然天気が崩れそうなようすもなかった。それなのに気づけば朝から雨模様だ。もう冷たい雨だ。傘も差さず雨に打たれたままだときっと風をひくことだろう。10月初旬は汗ばむような陽気だった。それが一挙に冷たい雨。感覚としては夏から秋を飛び越していきなり冬に突入する感じだ。

もうこの国に秋はなくなったのだろうか、これが地球温暖化の影響か、と思わなくもないが、考えてみると、旧暦で秋は一応3ヶ月あることになっているが、もともと秋が3ヶ月もあったようには思えない。秋と呼ぶのにふさわしいのは、本来もっと短い期間だったのではないか。

日本は実際は夏と冬の「二季の国」だと言ったのは誰だったか。感覚的にはその方がぴったりだったのかも知れない。地球温暖化の影響があるとしたら、その傾向がますますはっきりしてきたことにあるという気がする。昔の人のえらいところは、夏と冬のあわいに幻のように存在する秋──そしてたぶん春もだろう──を切り取ってそれを拡大鏡で引き延ばして一つの季節として特立したところにあると言えるのだと思う。

2021年10月22日金曜日

旧暦9/17 謡曲百番

垂渓庵です。

大正から昭和初年ごろにかけて刊行されていた「日本古典全集」という古典の古いシリーズがある。その一つが「謡曲百番」だ。版によって異なるけれど、4冊ないしは2冊にまとめられている。 

今どきの人の中で謡曲に親しむ人はそんなにいないんじゃないかと思うけれど、古典文学の全集などには必ず謡曲が収められている。ただでさえ我々に縁遠くなっている日本の古典の中でもさらにマイナーな謡曲である。その文学史的意義が我々にも分かるように微に入り細を穿つ注や口語訳が付けられるのが常だ。しかし、である。「日本古典全集」はそんなことはしない。擬光悦本とも言われる古活字の版本をそのまんま縮小して収めているのだ。昭和初年という刊行時期のせいもあるのだろうが、硬派というか何というか、男前なことだと思う。

日本古典全集には他にも「本草和名」や「教訓抄」など、もとの本がまんま収められている。あの頃の人は全員じゃないにしても、これ、読めたんだろうなあ。

2021年10月21日木曜日

旧暦9/16 ふたたび記憶

 垂渓庵です。

  ここ数年、教えている生徒の名前をちゃんと覚えていない。中学から持ち上がった生徒はさすがに覚えるけれど、一年ないしは二年しか教えない生徒の場合は全然だ。近いところのことを覚える記憶力が劣化しているので覚えようとしても覚えきれない可能性はあるが、そもそも覚える努力をしていない。

さすがにちょっといかがなものかとも思うので、先日の授業では「きみはだれ?」と生徒の名前を確認しながら発言を促してみた。ま、そんなことやっても覚えられはしないのだけれど、名前を知り対話することで、多少パーソナルな関係を切り結ぶことができて、こちらの記憶に何らかのひっかりはできるような気がする。生徒の側の反応もそれなりに悪くなかったように思う。なま暖かい笑いが起こっていたし。

けれども、だから覚えるようにしよう、とはならないところが人間の人間たるゆえんだなあと思うのである。

こうしてわたしの短期記憶の劣化はすすんでいく。