垂形案です。
自宅に置ききれない本は職場や実家に逃がしている。 ということはいつかどこかで書いた。そうしていると、いざ必要な本が見つからないという困ったことになってしまう、というのはどこかに書いたことがあったものか。
つい先日も、必要に迫られて萩原広道の源氏物語評釈という本を見ないといけなくなった。家には、ない。職場に置いた覚えもないのだけれど念のために探した。が、やはりない。となると実家に置いたままになっている段ボール箱のどれかに入っているのだろう。で、箱の外側に「和歌の注釈書」とか「国語学関係」とか大まかな内容を書いてあったのを頼りに、送ったままになっている本の段ボール箱を開けてみた。しかし、「源氏関係」とか「注釈書色々」とか書いてある箱を開けた限りでは、「源氏物語評釈」はなかった。
多分、スペースの関係で、「注釈書」などではない箱に入れたのだと思う。が、全然記憶がない。片っ端から箱を開けようかとも思ったが、時間がなかったので断念した。というわけで、まだ必要な本は行方不明のままだけれど、そうやって段ボール箱の山と取り組んでみると、「ゴーゴリ」だの「ラテンアメリカ」だの「タルコフスキー」だのと書いた箱があることに気づく。そうか。そういやその辺の本も送ってたのだった。またいつか暇な時に取り出して見ることにしようかと思い、その日は実家を後にした。
後で気づいたのだけれど、ゴーゴリやラテンアメリカやタルコフスキー関係の本など、そもそもおれはたくさん持ってはいない。ゴーゴリは河出書房版の全集ぐらい。ラテンアメリカはたぶん集英社版の「ラテンアメリカの文学」+幾ばくかの単行本だろう。タルコフスキーに至っては、二冊本の日記と「映像のポエジア」ぐらいなものだ。つまり、それらの箱にはその他の本が紛れ込んでいる可能性が高く、「源氏物語評釈」もそこにあったかもしれないのだ。 ばかなの、おれ。
さらにさらに。萩原広道の「源氏物語評釈」の本文は、奇特にもPDF化してネット上で無料で公開している方がおられた。それを見れば、とりあえずの問題は片付くのである。
そうではあるが、本のありかが分からないのは気持ち悪いので、また暇を見つけて実家に行って確認してみようと思う次第なのである。
0 件のコメント:
コメントを投稿