垂渓庵です。
昨日書いた懇談ドラマの諸相に付け加えないといけない場合が一つあった。
それは、生徒が泣く、という場合だ。これは、生徒と保護者の間で進路に関して平行線をたどった末に引き起こされる事態だ。もちろん、保護者が泣く場合と同様、そうそうたびたび起きるわけではない。生徒なりの思いがあって、保護者の側にも生徒の将来に関するそれなりの配慮があって、それがぶつかってしまい、どうにも調整不可能な場合に起きる。
面白いもので──いや、面白がっていてはいけないのだけれど──、そうなると、何となく保護者の側のもの言いがややソフトなものに変わってくることが多い。時に譲歩の姿勢を見せたり。ま、担任の前でやいのやいのと言い続けるわけにもいかず、子どもが不憫でないわけでもなく、というようなわけで、そんなもの言いになるのだろう。
まさか戦略的に泣いているとは思えないけれど、親の譲歩姿勢を受けて、案外すぐに立ち直る生徒もいた。この家庭ではこんな風なことが繰り返されてきたのだろうか、と思ってしまったことだ。
いま担任しているクラスにも、生徒の話を聞く限りでは、平行線をたどったままの親子がいる。懇談の時にどうなるのだろう。喧嘩が勃発するのだろうか。泣くのだろうか。
と、ここまで書いていて思い出した。そいつの懇談を休憩時間の直前やその日の最終に入れるのを忘れていた。だいたい喧嘩や泣きが始まると、予定時間では収まらない。だから、予想がつく時は後に影響がないようにしておくのだけれど…。これは、懇談がどんどんずれていくことになりかねない。むう。
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