垂渓庵です。
黒岩涙香というジャーナリスト、翻訳家がいた。有名な人なので当然ご存じの方も多いことだろう。
先日、その涙香の「血の文字」という翻案小説を読んだ。目科(めしな)という探偵が活躍するものだ。目科の奥さんがワトソン役の語り手と推理を闘わせるというのが、ちょっと変わった趣向だったけれど、今はそれが本題ではない。
この小説、かぎかっこの処理がとても変わっているのだ。kindleで読んでいるので、元々の本の体裁と全く一緒なのか分からないところもあるのだけれど、だいたいこんな感じになっている。
判事は深く考えながら「そうさ、曲者が自分の名を書かぬ事は明かだ、書くのは則ち自分へ疑いの掛からぬためだから、そうだ他人に疑いを掛けて自分がそれを逃れるためめだから、この名前でない者が曲者だ、われわれは曲者の計略にのせられていたのだ、藻西太郎に罪はない、そうとすれば本当の罪人は誰だろう警「そうさ誰だろう目「それを見出すは判「目科君、君の役目だ」
本文は青空文庫からとった。適宜漢字を仮名に開いたりして読みやすくした。元のはもうちょっと読みにくい。。
床に血で書かれた文字を前にしての評定シーン。いわゆるダイイングメッセージってやつだ。「藻西太郎(もにしたろう)」は、被疑者。
どうだろう。変わっていると言うわけがお分かりだろうか。かぎかっこで改行せず、そのまま続けているのだ。おまけに、誰の台詞かが分かるように、話し手の名前あるいは呼称の冒頭一文字を”「”の前に書き加えている。
これは、はっきり言って読みにくい。「警」はともかく、「目」などは、台詞の一部かと思って読んでいこうとしてしまう。そうすると当然前とうまくつながらない。何と言うか、歩いていて足がかくっとなる感じと言えばいいだろうか。
涙香は、常にこのスタイルだったのか。ちょっと調べてみたくなってきた。
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