垂渓庵です。
今回の記事は前回の記事に続いてマンガネタ。前回の記事に紹介した論文の方法で少年マンガを分析してみた。というほど大げさなものではなく、そのさわりの部分と言った方がいいかもしれない。
以下、本文
今回のタイトルは、さすらいの編集人カワフチさんに敬意を表してつけてみました
前回紹介した秋月さんの論文を授業で読み終わってから、ふと、男の子たちの好むヒロイン像も、秋月さんの指摘する女性の変化の影響を受けているのだろう か、と気になりました。秋月さんと同じ手法を少年マンガに用いて分析すれば何かわかるかもしれないと思うのですが、わたしは最近の少年マンガの事情がわかりません。
そこで思い出したのが、毎年必ずいるオタッキーな生徒の存在です。彼らの言う「萌え」を分析することで何かわかるんじゃないか、と思ったわけです。国語力の一つ、文章をもとにした発展的想像力ですね
そこで、彼らに質問をする一方、ネットで検索を試みました。
彼らの話もどんどん広がりますし、ネットで「萌え」について調べるといっても、話題が広範すぎてちょっと手に負いかねるという感じです。googleで「萌え」を検索すると、次のような検索結果になります。
萌え の検索結果 約 22,500,000 件中 1 - 10 件目 (0.05 秒)
少年マンガをいくつか読むことにしておけばよかったとちょっと後悔しました
結局網羅的に調べるのは諦め、彼らの話の要点を取り、ウイキペディアなどを活用して、ネットに見られる「萌え」のアウトラインをつかむことにしました。それでも結構大変だったのですが、かいつまんで説明しましょう。国語力のひとつ、要約力の腕の見せ所です。
1 オタクの好む要素は「萌え要素」あるいは「萌え属性」と呼ばれる。
(両者には違いがあるようなのですが、よくわからなかったので省略。)
2 「萌え要素」と言われるものには
「メガネ」「猫耳」「しっぽ」「ドジっ娘」「ツンデレ」などなどがある。
3 オタクはそれぞれの「萌え要素」に、あるいはその複合体に「萌える」。
*何にでも「萌え」るのではなく、それぞれに萌える「要素」は決まっている様子。
興味のない方は、何を言ってるんだって感じでしょうね。でも、ここは国語力のひとつの共感力を発揮してしばしのおつきあいをm(_ _)m
さて、わたしが注目したのは「ドジっ娘」と「ツンデレ」です。
「ドジっ娘」はなんとなくわかるでしょう。「ツンデレ」は、ツンツンデレデレの略です。ウイキペディアには、以下のように書いてあります。
「すげない態度が、あるきっかけで急にしおらしくなる」あるいは
「本心では好意を寄せていながら天邪鬼に接してしまう」という様子を言い、
特に恋愛形態について好ましく捉えた言葉。(以下略)
分かりやすく言えば、「ある男の子に最初は『つんつん』していた女の子が、何かのきっかけで急にしおらしい様子になる」とか、「内心では相手が好きなんだけれど、それをうまく表現できず、ついつい『つんつん』した態度をとってしまう」ということのようです。
ただし、いくつか実例を見る限り、後者も最後まで「つんつん」し続けるということは少ないようで、多かれ少なかれしおらしさを見せることになります。つまり、「ツンデレ」は、「つんつん→でれでれ」という変化をとらえることばだと言っていいようなのです。
そもそも、それって「要素」とか「属性」というようなものなのか?という根本的な疑問は置いておいて、ここからどのような予想が導き出せるでしょうか。
まず、「ドジっ娘」についてですが、どちらかというと女性を、保護すべき対象というか、自分の位置を脅かさない存在ととらえていることを示しているように 思えます。その点では、古い女性像と一致していそうで、秋月さんのおっしゃる女性像の変化とは無関係な気もしますが、かつての少年マンガのヒロインにそん なタイプの女の子がいたのかというと、どうもすぐに思い浮かべることができません。
「ブラック・ジャック」のぴのこはこのタイプにあてはまる部分があると思うのですが、少年マンガのヒロインの典型とは呼べないような気がします。「どじ」 な女の子というのは、30年ぐらい前の少年マンガではあまり表に出てこず、出てきたとしてもサブキャラどまりだったのではないでしょうか。
そういうタイプが、現在では、マンガ、アニメ、ライトノベルなどなどに多数登場し、男性が多いであろうオタクの「萌え」の対象になっているのです。これは変化と言えるのではないでしょうか。
そんな変化を女性の意識の向上による女性像の変化と結び付けて考えると、「女性を、保護すべき対象というか、自分の位置を脅かさない存在ととらえている」 のではなく、「女性を、保護すべき対象というか、自分の位置を脅かさない存在と見てみたいなあ」という願望が表れていると見なすことができるように思えま す。
「ツンデレ」はどうでしょうか。「ツンデレ」という呼び名こそなかったものの、こういう類型は昔から存在しました。「ドロロンえん魔くん」
の雪子姫、「マジンガーZ」
の弓さやか、「おれは男だ!」
の吉川操もそうかもしれません。他にも探せばたくさん見つかることでしょう。
このタイプは、わたしが物心のつきだす1970年代に入るあたりには、すでに少年マンガ、少女マンガ、テレビドラマなどなどで見かけることがあったと思い ます。いつごろからこのタイプの女性が描かれるようになったのかはっきりしたことはわかりません。が、「おれは男だ」あたりを思い出してみると、それらの 女性像はウーマンリブ運動による女性の意識の向上と連動する形で表れてきたのではないかなという気がします。強い女性と恋愛ものを結びつける試みと言えば いいでしょうか。
そんなタイプが今では「ツンデレ」と呼ばれ、「萌え」の対象となっているのです。自立した女性像(前回分にコメントを残していただいた野中さんの表現を借 りました)は、しっかりとオタクたちの中に根付いているようです。ただし、「ドジっ娘」とあわせて考えてみると、自立した女性像だけが求められているのは ないようです。オタクのヒロイン像は、新しい女性像の影響を受けつつ、旧来の女性像をも受け継いでいると言えるでしょうか。少女マンガの主人公たちと顕著 な差がありそうですね。
これが世の男の子の平均的な女性像なのかどうかは、まだまだ検討の余地がありますが、もしも程度の差はあれ、世の男の子の女性像にこのような一面があるの だとすると、男の子と女の子の間には、異性のとらえ方という点で微妙にギャップがあるのかもしれないと予想されます。そして、そのギャップに無自覚である のは、おそらくは男の子の側です
世の男の子は、女の子と自分たちの立ち位置を見直す必要がありそうですね。
さて、わたしの「萌え」やマンガやアニメなどについての分析は正しいのでしょうか。また、この見通しに対して現役の男の子女の子、親御さんはどう思うので しょうか。ぜひ、「ほんまかいな」という懐疑の精神を発揮して、皆さんなりの検証─分析を行っていただきたいと思います。ここからがみなさんの国語力の発揮のしどころです。
今回の記事は前回の記事に続いてマンガネタ。前回の記事に紹介した論文の方法で少年マンガを分析してみた。というほど大げさなものではなく、そのさわりの部分と言った方がいいかもしれない。
以下、本文
今回のタイトルは、さすらいの編集人カワフチさんに敬意を表してつけてみました

前回紹介した秋月さんの論文を授業で読み終わってから、ふと、男の子たちの好むヒロイン像も、秋月さんの指摘する女性の変化の影響を受けているのだろう か、と気になりました。秋月さんと同じ手法を少年マンガに用いて分析すれば何かわかるかもしれないと思うのですが、わたしは最近の少年マンガの事情がわかりません。
そこで思い出したのが、毎年必ずいるオタッキーな生徒の存在です。彼らの言う「萌え」を分析することで何かわかるんじゃないか、と思ったわけです。国語力の一つ、文章をもとにした発展的想像力ですね

彼らの話もどんどん広がりますし、ネットで「萌え」について調べるといっても、話題が広範すぎてちょっと手に負いかねるという感じです。googleで「萌え」を検索すると、次のような検索結果になります。
萌え の検索結果 約 22,500,000 件中 1 - 10 件目 (0.05 秒)

少年マンガをいくつか読むことにしておけばよかったとちょっと後悔しました

1 オタクの好む要素は「萌え要素」あるいは「萌え属性」と呼ばれる。
(両者には違いがあるようなのですが、よくわからなかったので省略。)
2 「萌え要素」と言われるものには
「メガネ」「猫耳」「しっぽ」「ドジっ娘」「ツンデレ」などなどがある。
3 オタクはそれぞれの「萌え要素」に、あるいはその複合体に「萌える」。
*何にでも「萌え」るのではなく、それぞれに萌える「要素」は決まっている様子。
興味のない方は、何を言ってるんだって感じでしょうね。でも、ここは国語力のひとつの共感力を発揮してしばしのおつきあいをm(_ _)m
さて、わたしが注目したのは「ドジっ娘」と「ツンデレ」です。
「ドジっ娘」はなんとなくわかるでしょう。「ツンデレ」は、ツンツンデレデレの略です。ウイキペディアには、以下のように書いてあります。
「すげない態度が、あるきっかけで急にしおらしくなる」あるいは
「本心では好意を寄せていながら天邪鬼に接してしまう」という様子を言い、
特に恋愛形態について好ましく捉えた言葉。(以下略)
分かりやすく言えば、「ある男の子に最初は『つんつん』していた女の子が、何かのきっかけで急にしおらしい様子になる」とか、「内心では相手が好きなんだけれど、それをうまく表現できず、ついつい『つんつん』した態度をとってしまう」ということのようです。
ただし、いくつか実例を見る限り、後者も最後まで「つんつん」し続けるということは少ないようで、多かれ少なかれしおらしさを見せることになります。つまり、「ツンデレ」は、「つんつん→でれでれ」という変化をとらえることばだと言っていいようなのです。
そもそも、それって「要素」とか「属性」というようなものなのか?という根本的な疑問は置いておいて、ここからどのような予想が導き出せるでしょうか。
まず、「ドジっ娘」についてですが、どちらかというと女性を、保護すべき対象というか、自分の位置を脅かさない存在ととらえていることを示しているように 思えます。その点では、古い女性像と一致していそうで、秋月さんのおっしゃる女性像の変化とは無関係な気もしますが、かつての少年マンガのヒロインにそん なタイプの女の子がいたのかというと、どうもすぐに思い浮かべることができません。
「ブラック・ジャック」のぴのこはこのタイプにあてはまる部分があると思うのですが、少年マンガのヒロインの典型とは呼べないような気がします。「どじ」 な女の子というのは、30年ぐらい前の少年マンガではあまり表に出てこず、出てきたとしてもサブキャラどまりだったのではないでしょうか。
そういうタイプが、現在では、マンガ、アニメ、ライトノベルなどなどに多数登場し、男性が多いであろうオタクの「萌え」の対象になっているのです。これは変化と言えるのではないでしょうか。
そんな変化を女性の意識の向上による女性像の変化と結び付けて考えると、「女性を、保護すべき対象というか、自分の位置を脅かさない存在ととらえている」 のではなく、「女性を、保護すべき対象というか、自分の位置を脅かさない存在と見てみたいなあ」という願望が表れていると見なすことができるように思えま す。
「ツンデレ」はどうでしょうか。「ツンデレ」という呼び名こそなかったものの、こういう類型は昔から存在しました。「ドロロンえん魔くん」



このタイプは、わたしが物心のつきだす1970年代に入るあたりには、すでに少年マンガ、少女マンガ、テレビドラマなどなどで見かけることがあったと思い ます。いつごろからこのタイプの女性が描かれるようになったのかはっきりしたことはわかりません。が、「おれは男だ」あたりを思い出してみると、それらの 女性像はウーマンリブ運動による女性の意識の向上と連動する形で表れてきたのではないかなという気がします。強い女性と恋愛ものを結びつける試みと言えば いいでしょうか。
そんなタイプが今では「ツンデレ」と呼ばれ、「萌え」の対象となっているのです。自立した女性像(前回分にコメントを残していただいた野中さんの表現を借 りました)は、しっかりとオタクたちの中に根付いているようです。ただし、「ドジっ娘」とあわせて考えてみると、自立した女性像だけが求められているのは ないようです。オタクのヒロイン像は、新しい女性像の影響を受けつつ、旧来の女性像をも受け継いでいると言えるでしょうか。少女マンガの主人公たちと顕著 な差がありそうですね。
これが世の男の子の平均的な女性像なのかどうかは、まだまだ検討の余地がありますが、もしも程度の差はあれ、世の男の子の女性像にこのような一面があるの だとすると、男の子と女の子の間には、異性のとらえ方という点で微妙にギャップがあるのかもしれないと予想されます。そして、そのギャップに無自覚である のは、おそらくは男の子の側です

さて、わたしの「萌え」やマンガやアニメなどについての分析は正しいのでしょうか。また、この見通しに対して現役の男の子女の子、親御さんはどう思うので しょうか。ぜひ、「ほんまかいな」という懐疑の精神を発揮して、皆さんなりの検証─分析を行っていただきたいと思います。ここからがみなさんの国語力の発揮のしどころです。
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