これは2007年3月に公開したもの。初代「耽読翫市」最初期のころの記事。もともとここに紹介するつもりはなかったのだけれど、次の記事との兼ね合いで載せた。ほんとの名前は「ひろあき」 君ではなかったが、仮名にしたのだった。本欄では時折記事にはそういう虚構を織り交ぜることがある。今日は三本公開予定です。
以下本文
中学や高校の教員は教科に関わる研究会に参加することがあります。地方の大会でも、興味のある研究発表が行われるときには、泊まりがけで出かけたりもします。
これは四年ほど前にわたしが出雲・松江方面の大会に出かけたときの話です。
わたしは夕食を食べる場所を探していました。旅行ガイドに載るようなしゃれた店は苦手で、ごく当たり前の居酒屋さんのような店の方が落ちつきます。結局、選んだのは盛り場の端っこにある居酒屋でした。五十代と思しいおかあさんが一人でやっている小さな店です。
お客はわたしも含めて三、四人。カウンターで近くの飲み屋のマスターが飲んでいました。少し話をした後、マスターは店を開けなきゃと言って出て行きました。おかあさんを相手に何やかやと話しているうちに、だれもいなくなりました。
さあ、帰るかと思っていると、小学校二~三年ぐらいの男の子が奥から出てきて、おかあさんと二言三言ことばを交わした後、トイレに入っていきました。
「お子さんですか」なんとなく聞いてみました。
「娘の子なんですよ。働いている間預かっているんです」
「ああ、そうですか。おかあさん若いから、てっきりおかあさんの子ぉかと思いましたわ」
(こういうのを「てんご」といいます。関西弁ビギナーの人は覚えておいて下さい。)
「またご冗談ばっかり」
「いやいや、お若いですよ。へーそうですか。お孫さんですか。いくつですか」
「八歳なんですよ」
「利発そうな子ですねえ」
「ありがとうございます」
「ほんとにかわいい感じの子ですね」
「どうもぉ」
お互いにこやかに進む実にいい会話です

そうこうしているうちにその子がトイレから出てきました。
「こんばんは

「こんばんは

「名前はなんて言うんや?」
「ひろあきだよ」
「へえ、ひろあきか。どんな字書くねん。ちょっと教えてえや」
「広いの広と日が三つだよ」
「広いの広にひが三つなあ。火て燃える火ぃかいな? そんなん三つの漢字なんてあるか?」またまた関西人のお約束です。とりあえずぼけてみました。
「違うよ!火じゃないよ。太陽の日だよ」ムキになっています

「ああ、そうか。太陽かいな。そやろなあ。火が三つなんて漢字知らんもんなあ。でも、太陽が三つてえらい難しい漢字やな。太陽太陽太陽て三つも重ねるんかあ」(ぼけるなら必ずぼけを重ねなければなりません。ここ、ポイントです。)
「違うってば!」ちょっと声が裏返っています。
「太陽の日だよ。わからないの?教えてあげるよ」
カウンターの方にまわってくるひろあきくん。おかあさんはにこにこしています。
ひろあきくんは横に座って店の伝票に字を書いて説明してくれます。
「ああ、その晶か。やっとわかったわ。そうか、広晶か。はよそう言うたらええのに。ええ名前やなあ。いまいくつや?」……。
その後、店のおかあさんを交えながら小一時間ほど話したでしょうか。カービーが好きなこと。カービーのマンガを見ながらの解説。カービーのゲームの実演。 学校が楽しいこと。算数が好きなこと。今度友達と遊びに行くこと……。もう寝る時間だよと店のおかあさんが声をかけなければもっと話し込んでいたでしょ う。広晶くんは「おやすみ」を言ってから素直に奥に入っていきました。店のおかあさんとしばらく話した後、わたしも店を出ることにしました。
まだ時間が早かったので、店を出る時お母さんに場所を聞いておいた、さっきのマスターの店に行くことにしました。そこで二人で浴びるほどお酒を飲むことになるのですが…

その時に聞いた話では、広晶くんは、ふだんはあんまり店に出て話すことはないそうです。仕事のじゃまをしてはいけないと思っているのか、一人でおとなしくママの帰ってくるのを待っているみたいです。
あの日は他にお客さんもいなかったので、店で長い時間を過ごせたのだと思います。からかい気味に話す酔っぱらいとの会話の方が、一人でいるよりはよかったのかもしれません。
彼は今年中学生のはずです。元気かな? ひろあきくん。
0 件のコメント:
コメントを投稿