2012年3月27日火曜日

旧暦3/6 再掲 松平定信、欧州争乱を断じる──定信ったら10

垂渓庵です。

これは2009年8月に公開した。次が最終回とあるが、ほんとは続編がある。というか、もともとこのシリーズは西洋事物編として構成していたので、その他の記事を紹介するにはちょっと具合が悪いので、めぼしい記事を紹介し終えたことでもあり、いったん打ち止めとすることにしたのだ。

以下本文

垂渓庵です。

この定信ったらシリーズもいよいよ次が最終回です。

残り二回、全力で取り組むつもりです。

さて、松平定信、今回は平和を考えます。

では、参ります。


P195
このごろはただ蛮国戦争ありとて語りあふ。長崎へ入り来る紅毛船、その由訴へしとぞ。フランス、エンゲラント、ヲロシヤ、トルコなど、あじやの諸国の戦争なりときこゆ。いまの代あるまじき事をと言はんばかりに、珍しく語りあふにつけても、泰平の御代のありがたさをぞ思ふ。古き代に、葬送の礼にもみな武士は甲冑着てうちかため行く風情多くあり。いまの御代ほど豊かなる事はあらじとぞ思はるれ。

蛮書中の記事ではありませんが、紅毛船──オランダ船でしょう──からもたらされた風聞を記録しています。

自序によればこの記事を含む後編は寛政九年から十二年にかけて書かれたもののようです。西暦でいうとちょうど1796年から1800年にかけてです。

そのころにフランス、イギリス、ロシア、トルコが関わった戦争とは何でしょうか。

フランスではナポレオンのイタリア遠征が1796年に行われました。それ以後1798年のエジプト遠征、1799年のブリューメール18日のクーデターを経て、1800年の第二次イタリア遠征、オーストリア征討と続きます。ナポレオンが1804年の戴冠に向けて第一次、第二次対仏大同盟を相手に闘い続けたころにあたります。

イギリスは対仏大同盟の中心的存在としてフランスを相手に戦い続けました。少し前にはアメリカ独立戦争時にアメリカと闘っています。また、18世紀末から19世紀初頭にかけてのマラータ戦争やマイソール戦争によってインドのマラータ同盟やマイソール王国を破り、東インド会社の勢力を伸ばしていきました。

ロシアはエカテリーナ2世のもと領土拡大に熱心で、1768年から数次にわたる対トルコ戦争(露土戦争)を行いました。また1773年から3次にわたる(1773年、1793年、1795年)ポーランド分割も行います。1787年から92年にかけては第2次露土戦争が行われました。また、第2次対仏大同盟の一員としてフランスとも闘います。

この頃トルコはオスマン帝国の支配下にありましたが、ロシアの南下政策によって次第に領土を奪われていきました。また、支配下のエジプトにナポレオンが侵攻してきました。

何にしてもヨーロッパは争乱の時代だったわけです。いや、この時期だけに限らないかもしれませんが。以後、ウイーン体制によるつかの間の平穏の後、再び争乱に突入します。

紅毛船によりもたらされた情報は以上のような情勢を踏まえたものであったと思われます。徳川幕藩体制下で大阪夏冬の陣以来戦乱らしい戦乱がなかった日本と比較して何と大きな違いであることかと思われます。定信も「いまの代あるまじき事をと言はんばかりに」珍しいことととして人と語り合っています。もちろん、その平和にはアジアの東辺の島国という地理的条件が寄与しているわけですが。

ところで、上記の諸国の戦争がなぜ「あじやの諸国の戦争なり」ということになるのでしょうか。アジアとヨーロッパはユーラシア大陸を構成していますが、地理的には別ものです。ウラル山脈からダーダネルス海峡を結ぶラインあたりで区分されるようです。ロシアとトルコは文句なしにアジアに含まれるとして、フランスとイギリスが問題です。どう考えてもアジアではありません。あえて言うなら、フランスがオスマントルコ治下のエジプトに侵入し、イギリスもインドで戦争を繰り返していることから、アジア地域の諸国と戦争行為を行っていると言えなくもありませんが、どうも「あじやの諸国の戦争」らしくありません。ユーラ シア大陸をアジアと称したのかとも思われますが、類例を探せていません。ここはしばらく存疑ということにしたいと思います。

「古き代に、葬送の礼にもみな武士は甲冑着てうちかため行く風情多くあり」については
詳しくはわかりませんが、こんな例もあったようです。

何にしても、松平定信、このような風聞を聞くにつけ泰平の御代のありがたさを噛み締めたのでしょう。それにしても、当時も今も、我々が血の出るような努力をして平和を手に入れて維持していると言うよりも、地理的国際的状況によってまるで賜物のように日本に平和がもたらされているかのごとく感じるのはわたしだけでしょうか。その点で危うさがあるように思えてなりません。

と書くと誤解されるかもしれませんが、平和を維持するためにも武装せよなどと物騒なことを言いたいのじゃありませんよ。平和とそれなりの「豊かなる」状況を維持するためには冷徹な認識と先を見越した対応が必要なはずなのに、現今の場当たり的な政治状況でそれが可能なのかどうか。少し心配になってしまうのです。

さて、冒頭にも述べたように、次がいよいよ今回の定信ったらシリーズの最終回です。涙涙の大団円となりますかどうか。みなさん、お楽しみに。

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